武田健プロデュースインク「コトバノイロ」シリーズ制作秘話
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武田健プロデュースインク「コトバノイロ」シリーズ制作秘話

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このたび、PENTよりぼくが発案、プロデュースした新しいインクシリーズが発売となった。そこで、これらのインクの発売に至るまでの経緯について記してみたいと思う。

ペントオリジナルインク「コトバノイロ」シリーズ制作秘話

日本文学との出会い

ぼくは今でこそ万年筆インクのコレクターとして活動をしているが、もともとぼくが興味があるのは文芸の世界だった。中学、高校、大学と通じて文芸部に所属し、下手の横好きで小説まがいのものや、詩などを書いていた。それが商業的なものであるか、芸術的なものとなるのかは別として、とにかく文章を書くことが大好きだった。

そして、それらの一番の根源にあるのが小説だったのだ。幼いころから本を読むのが趣味で、とにかく本さえ読んでいれば幸せな子どもだった。

大学で比較文学を教えていた父と、読書家の母の姿を子どもの頃から見ているので、ぼくも本に興味を持つようになったのはごくごく自然のことだった。

大人になってからもぼくの読書好きは変わらなかった。社会人になってから山田詠美の作品と出会い、衝撃を受け、ひょんなことからファンレターを書いたら、その二週間後にお返事をいただき、そこから個人的な交流が始まり、ますますぼくの文学好きに拍車がかかった。

下の写真は、朗読会の時に詠美さんからサインをもらった、ぼくが世界で一番愛している『熱帯安楽椅子』の単行本。

ペントオリジナルインク「コトバノイロ」シリーズ制作秘話

自分自身はあまり小説を書くことはなくなったけれども(詠美さんと出会ってしまったら、自分なぞが小説を書くなんておこがましいのではないか、という気がしてしまうのだ)、小説を読むのは相変わらず好きだった。

さらに詠美さんを通じて、様々な編集者とも知り合えたし、今を時めく作家と話をする機会にも恵まれた。
先日も、詠美さんと作家の奥泉光さんの主催する朗読会で若手の芥川賞作家の方々と話をすることができたり。

とにかく常にぼくの日常生活は文学的な世界と隣接しているような感じだった。

すべてのものには色があり、すべての色には物語がある

ところが、ある時ふと気づいたのである。
例えば、海外ではドクターヤンセンの偉人シリーズの中にはエドガー・アラン・ポーや、ディケンズ、ゲーテといった作家をイメージしたインクがあるというのに、なぜか日本にはそういう作家をイメージしたインクはぼくの知る限り存在しない。

ペントオリジナルインク「コトバノイロ」シリーズ制作秘話

だったら、ぼくがそんなインクをプロデュースをしてしまったらどうだろうか?と思いついて、コラムを担当させてもらっているPentのスタッフに提案をしたところからこの企画が始まったのである。

スタッフとの協議の結果、まずは3色のインクを3回シリーズで出すことになったので、9作品9色のインクを考えた。

まずは作品の選定から始まり、ぼくは日本の代表的な作家で、誰もが知っているであろう作品をピックアップした。

その時に一番意識したのは、やはり色だ。色がすぐに思い浮かび、日本人になじみのある文学作品。

最初は選定に戸惑うのではないかと我ながら心配だったが、作家の作品とそれに付随する色については漠然と想い描いていたので、比較的スムーズに作品と色を決めることができた。

ペントオリジナルインク「コトバノイロ」シリーズ制作秘話

これは最近ぼくが常々思っていることなのだが、すべてのもの(有形無形を問わず)には色があると思っている。それは例えば、人の感情であったり、あるいは風や空気や、水といった目に見えないようなものであったとしても、そこには見る人の目を、あるいは心を通した色というものが存在すると思っている。

それとは逆にすべての色にも実は物語があるのではないだろうか。その色と「もの」を繋ぎ合わせることが、ぼくの使命なのではないかと(ちょっと大げさだけど)思っている。今回はそのことを意識しながら、作品と色を結び付けていった。

ただ、問題はシリーズの名前をどうするか。
このことについてはスタッフの間でも様々な意見が出た。最終的に「コトバノイロ」という名前が決定するまでの間に様々な意見が出てきて、さらにその表記方法も、日本語の場合は、漢字、ひらがな、カタカナの3パターンがあるので、その選択でも悩んだ。協議に協議を重ねた結果、最終的にカタカナ表記で「コトバノイロ」というシリーズ名になったのだ。
インクの世界観と、原稿用紙をモチーフにしたパッケージやラベルともマッチするシリーズ名になったと思う。

パッケージの魅力

今回コトバノイロ第一弾として発売されるのは「こころ」、「春琴抄」、そして「黒蜥蜴」の3作品、3色だ。

それぞれのインクの色や作品に関するぼくの個人的な思い出についてはそれぞれのインクのコラムを参照してもらうこととして、注目していただきたいのがパッケージである。

インクの世界を表現する時に大切なのは、やはりパッケージだとぼくは思っている。だから、パッケージデザインには時間をかけた。デザイナーの方やPentのスタッフとミーティングをした際、ぼくは原稿用紙をモチーフにしたパッケージを作って欲しいとお願いをした。

ペントオリジナルインク「コトバノイロ」シリーズ制作秘話

デジタルが主流の現代において、原稿用紙というのは、過去の遺物だと思われるかもしれないが、今でも文房具屋さんに行けば原稿用紙は販売されているし、オーソドックスな原稿用紙だけではなく、個性的な原稿用紙(たとえば、あたぼうステーショナリーの飾り原稿用紙など)も人気になりつつある。

夏目漱石も、谷崎潤一郎も、江戸川乱歩も使ったであろう原稿用紙をパッケージにすることで、よりその作品世界を視覚的に楽しむことができるのではないか、と思ったぼくは、原稿用紙をモチーフにしたパッケージをリクエストしたのである。

なので、試作品として出来上がったパッケージを見た時はいくつか候補があった中からこの原稿用紙だとはっきりとわかるデザインを推したのだ。

さらに作品世界が見事にシンボライズされたラベルにも注目して欲しい。これはデザイナーの方のアイディアなのだが、どれも作品にぴったりで驚いた。特に象徴的なものがない「こころ」を線で繋がれたふたつの円で表したのは素晴らしい発想だなと思った。

ペントオリジナルインク「コトバノイロ」シリーズ制作秘話

ペントオリジナルインク「コトバノイロ」シリーズ制作秘話

ペントオリジナルインク「コトバノイロ」シリーズ制作秘話

さらにこのラベルなのだが、ボトルのラベルと、箱のラベルも少し異なるデザインであることにお気づきだろうか。ベースとなるモチーフは同じなのだが、それがボトルと箱では少し違えているし、大きさも異なっている。こういう細かい部分のこだわりが、この「コトバノイロ」の世界観を見事に表していると思う。

ペントオリジナルインク「コトバノイロ」シリーズ制作秘話

ペントオリジナルインク「コトバノイロ」シリーズ制作秘話

ペントオリジナルインク「コトバノイロ」シリーズ制作秘話

ペントオリジナルインク「コトバノイロ」シリーズ制作秘話

このようにして生まれたのが「コトバノイロ」シリーズである。人それぞれ、作品に対する色の印象は違うかもしれないが、少しでも作品を身近に感じてもらえたらなと思っている。

また、今後発売される予定の作品や色にも期待していただきたい。

ペントオリジナルインク「コトバノイロ」シリーズ制作秘話

<この記事に登場するインク>
Pent〈ペント〉 ボトルインク コトバノイロ

この記事を書いた人

武田健
武田健
文具ライター、山田詠美研究家。雑誌『趣味の文具箱』にてインクのコラムを連載中。好きになるととことん追求しないと気が済まない性格。これまでに集めたインクは2000色を超える(2018年10月現在)。インクや万年筆の他に、香水、マステ、手ぬぐいなどにも興味がある。最近は落語、文楽、歌舞伎などの古典芸能にもはまりつつある。
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