最近、昔からの友人から万年筆やインクのことでアドバイスを求められることが増えた。その友人は特に万年筆を日常的に使っているわけではないけれども、ぼくが万年筆を使っているのを知って、何となく自分も使ってみようかなと思い始めたのだという。
ところが、いざ万年筆を使おうと思っても、どの万年筆を使ったら良いのか、インクは何を選んだら良いのかわからないと嘆く。
そして、そんな友人たちの多くは手紙を書く時に万年筆を使いたいのだという。そこで、ぼくはその人に合った万年筆やインクをチョイスしてあげることにするのだが、そんな人たちからの質問の中に、「耐水性のあるインクについて教えて欲しい」というものがある。
つまり、手紙のあて名書きを書いたり、ハガキを書いたりする時に字が滲んでしまうことを避けるために耐水性のあるインクが欲しいということなのだ。
そこで、今回は一般的に手に入りやすい耐水性のあるインクについて考えてみたいと思う。
顔料インク セーラー万年筆 STORiA
耐水性に強いインクと聞いて真っ先に思い浮かぶのが顔料インクだ。万年筆用の顔料インクは「水性顔料インク」と表示されていることが多く、染料と違い水に溶けにくい性質を持っている。そのために、ハガキや宛名などで使う人も多いようだ。日本のメーカーでは、セーラー万年筆とプラチナ万年筆が顔料インクを発売している。
セーラー万年筆の顔料は、STORiAという顔料インクをシリーズで出しており、こちらは比較的明るめの顔料インクだ。レッド、イエローグリーン、ピンクなど明るめの色を中心とした8色からなり、カラフルな手紙やはがき、カードなどを書きたいと思ったら、非常に重宝するインクと言って良いだろう。
では、こちらのインクの耐水性を見てみよう。
今回の実験では、まず、文字を書いてすぐに水筆でなぞり(上)、同じ文字を30分後に同じように水筆でなぞった(下)結果を調べてみた。
STORiAは、書いた直後はやはり文字の原型があまり残らないほど滲んでしまっている。下の丸で囲った部分は、輪郭は残っているが、中の線はほとんど消えてしまっているのがわかる。
しかし、30分後に完全に乾いた状態でなぞると、ほとんど滲みが見られず、きちんと文字を読むことができる。
なので、STORiAシリーズはやはり耐水性が良いことが証明された。他にもカラフルな色が出ているので、ハガキなどにイラストを描いたりする場合に使うのに最適だろう。
顔料インク セーラー万年筆 ナノインク
セーラーはこのシリーズの他に、「万年筆用超微粒子顔料インク(ナノインク)」というのを出している。こちらは、セーラーの独自開発で、目詰まりしにくく、水に強くて滲みにくいという性質を持っている。色は、極黒、青墨、蒼墨の3種類。今回は個人的に大好きな青墨で試してみた。
やはり上記と同じような条件で水筆を使ってみると、書いた直後はまったく文字の原型をとどめないほど滲んでしまっているが、30分後に塗った場合は、きちんと文字が残っていることがわかる。なので、こちらも宛名書きなどに最適のインクと言って良いだろう。
顔料インク プラチナ万年筆 顔料インク
次に、プラチナ万年筆の顔料インクを見てみたい。
今回は、プラチナ万年筆の超微粒子顔料を使用している水性顔料インクのうちの2色を実験してみた。
やはりセーラー万年筆の顔料と同様に書きたての文字はすぐに滲んでしまうが、完全に乾いた後だったら文字もくっきりと残っているということがわかる。
ドキュメントインク ファーバーカステル
では、海外のインクに目を向けてみよう。顔料インクを英訳すると、「PigmentInk」となるのだが、以前ぼくは、「Document ink」が顔料インクだと思い込んでいた。
そんなある時ファーバーカステルのボトルインクを調べてみたら、箱の下に「document ink」「permanent ink」と記載されいているのを見て、てっきりぼくはファーバーカステルのインクは顔料インクだと思い込んでしまったのだ。
しかし、液体を良く見てみると、顔料インク独特の質感(ちょっとつやつやした濃度の濃い感じの質感)があまり見られないのである。
そこで、ぼくはファーバーカステルを取り扱っているとある文具店経由で、その真意を確かめてみた。
そこで得た回答は、「英語のdocument inkというのは、顔料インクという意味ではなく、資料に適したインクというニュアンスでとらえて欲しい」というものであった。
辞書で「permanent ink」を調べてみると、「不変色インク」となっており、耐水性については記載がないようだった。
ファーバーカステルの全18色のインクの中で「document ink」「permanent ink」と記載されているインクは12色。果たして、耐水性という点ではどうなのか、その中のいくつかの耐水性を見ていこう。
ぼくが調べてみたのは、TurquoiseとMossGreenの2色だ。いずれも上記の顔料インクと同じように調べたのだが、先にご紹介した顔料インクと比べると、30分後、完全に乾いた状態で水筆を使うと、すぐに文字が滲んでしまうことが判明した。
かろうじて下に書かれている文字を確認することができるが、判読性はかなり低い。
念のため、Document Inkと記載されていないRoyal Blueも同様の実験をしてみたら、むしろこっちの方が文字はにじむものの、判読性は高いことがわかった。
以上のことから、ファーバーカステルのインクは「document ink」「permanent ink」と記載されていても、顔料インクという意味でもないし、耐水性もそれほど高いわけではないということは判明した。
海外製の顔料インクは実はまだ持っていないので、現時点でファーバーカステルのドキュメントインクときちんと比較することはできないのだが、サイトなどを確認すると「pigment ink」と記載されているので、やはり顔料系というのは英語表記では「pigment ink」と記載されているはずで、「document ink」「permanent ink」とは区別されるべき種類なのではないだろうか。
今後は例えばローラー&クライナーの顔料シリーズや、スケッチインクなど魅力的な顔料インクも海外にはたくさんあるようなので、もっと積極的にコレクションに加えてみたい。
耐水性の高い顔料インクの魅力
今まで、ぼくは顔料インクというのは、扱いが非常に難しいインクという先入観が強かったので、あまり積極的に集めることはしなかった。色数も染料に比べれば少ないことも積極的に集めようとしない要因になった。
しかし、例えば手紙の宛名を書いたり、あるいは長期保存をしたりする時は顔料インクというのは染料インクに比べるとかなり有効的だ。また、染料インクにはない鮮やかさとか、透明軸に入れた時に軸を通して見えるインクの美しさ、というものは染料よりも顔料の方が強い。
考えてみたら、顔料インクに限らず、染料インクだって、キャップをしないで放置したり、メンテナンスを怠ったりすれば、万年筆に不具合を起こしてしまう。つまり、顔料、染料にかかわらず、こまめに洗浄をする、インクを替える時は良く洗って元のインクを洗い流すといったメンテナンスをしっかりとすれば、顔料インクだって問題なく楽しむことができるのである。
だったら、これからはもっと積極的に顔料インクも万年筆に入れて使っていこう!と思っている。
<この記事に登場する万年筆インク>
・セーラー万年筆 超微粒子顔料ボトルインク STORiA(ストーリア)
・セーラー万年筆 超微粒子顔料 万年筆用ボトルインク
・プラチナ万年筆 超微粒子 顔料インク
・ファーバーカステル 伯爵コレクション ボトルインク
※顔料インクご使用の際は、メンテナンス等の注意が必要です。必ず説明書をお読みいただいた上でご使用ください。
この記事を書いた人
- 文具ライター、山田詠美研究家。雑誌『趣味の文具箱』にてインクのコラムを連載中。好きになるととことん追求しないと気が済まない性格。これまでに集めたインクは2000色を超える(2018年10月現在)。インクや万年筆の他に、香水、マステ、手ぬぐいなどにも興味がある。最近は落語、文楽、歌舞伎などの古典芸能にもはまりつつある。
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