忘れえぬ万年筆
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忘れえぬ万年筆

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ぼくにとって、忘れられないとっておきの万年筆というのが、何本かある。
それらは、例えば何かの記念で買った万年筆であったり、何年も待って購入したものであったり、あるいは大切な誰かからプレゼントされたものであったりと、いずれも特別な思い入れがあるものばかりだ。
今日ご紹介する「工房 住之江 万年筆 ホライゾン」も、ぼくにとっては忘れることのできない特別な万年筆だ。

工房 住之江 万年筆 ホライゾン

2015年、ぼくはひょんなことから憧れの島である奄美大島に行くことになったのだが、その時持っていく万年筆にこのホライズンを選んだのである。
奄美大島といえば、青い海をすぐに連想するが、まさにそんな青い海にぴったりのマリン柄の万年筆は奄美大島の旅行に持っていくにはもってこいなのではないかと思えた。少し大げさだが、この万年筆はこの旅行のために作られたのではないかとすら錯覚してしまったほどだ。
ぼくの大好きなターコイズブルーと大理石のようなミルキーホワイトのコントラストが美しく、さらに万年筆には珍しいボーダー柄。そこがなんとなく南国チックで奄美大島のイメージにぴったりだ。

工房 住之江 万年筆 ホライゾン

外見的には少し重厚感があり、重そうに見えるが、実際に手にしてみると、それほど重くは感じられない。軸もすべすべとした手触りで、持っているだけで気持ちが良いのもこのホライゾンの大きな特徴だろう。
ぼくはまず、このターコイズの色に惹かれたのであるが、よく見ると、単なるターコイズブルーではなく、まるでパールのラメが練りこまれたような複雑な柄が見える。それは、ミルキーホワイトの部分にも施されており、万年筆全体に高級感を与えている。また、光によってその二つの色の見え方が変わってくるのも面白い。まるで、光の角度で刻々と変化する海の水面のようだ。個体差もあるかもしれないが、じっと見ていると、渦巻いている部分に引き込まれそうになる。手の中に海の、あるいは空のかけらを手にしているような気になってしまう。

工房 住之江 万年筆 ホライゾン

工房 住之江 万年筆 ホライゾン

工房 住之江 万年筆 ホライゾン

さらにこのボーダーの幅が均一でないところもこの万年筆のユニークな点の一つに挙げられるだろう。軸のお尻の部分からキャップにかけて、ボーダーの幅が少しずつ細くなっている。そのために、長くすっきりと見えるのだ。

工房 住之江 万年筆 ホライゾン

工房 住之江 万年筆 ホライゾン

そしてもう一点、注目すべき点は、ペン先だ。まるで金ペンのような書き味が特徴のドイツ製シュミット社のペン先は、少し大きめなので安定感があり、すらすらと文字が書ける。インクのフローもとても良いので、ずっと文字を書いていたい、そんな気持ちになるのだ。

工房 住之江 万年筆 ホライゾン

具体的にぼくがこの万年筆を奄美大島のどこでどういうシチュエーションで使ったのかという細かいディテールまでは忘れてしまったのだが、この万年筆を見るたびにぼくはあの島で過ごした数日のことを思い出すことができる。
うっそうと生い茂る原生林を探索するツアーに参加したこと、ぼくを奄美大島に誘ってくれた人生の先輩ともいえる人と一緒に入った居酒屋で新鮮な魚料理を食べたこと、郷土料理である鶏飯料理を食べに一人で居酒屋に入って舌鼓を打ったこと、まるで外国のリゾートのような海辺のカフェでおいしいジュースを飲んだこと、奄美の自然を描いたぼくの大好きな日本画家である田中一村の絵を見たこと、そんな様々な思い出がこの万年筆には詰まっているのだ。

工房 住之江 万年筆 ホライゾン

さらに、この旅行から帰ってきた数ヶ月後、ぼくは「趣味の文具箱」の取材を受け、その時にこの旅行で使った万年筆とインクのことが紹介され、余計にこの万年筆は忘れられない一本になったのである。(『趣味の文具箱34号47頁参照)
実はぼくを奄美大島に誘ってくれたその先輩は去年若くしてこの世を去った。だから余計にこの奄美大島での数日間はぼくにとっては忘れることのできない思い出となったのである。
まだ次の奄美旅行の計画は立てていないのだが、いつかまたあの島を訪れたいと思っている。そして、その時はもちろん、この万年筆も一緒に連れていき、あの島の空気に触れて欲しいなと思っている。

ちなみに、ぼくが今この万年筆に入れているのは、ファーバーカステル 伯爵コレクション カートリッジインクのターコイズである。
少し緑がかった独特の風合いが奄美の自然を表しているような感じなので、次回奄美大島に行く時もこの組み合わせで持っていきたいと思っている。

工房 住之江 万年筆 ホライゾン

工房 住之江 万年筆 ホライゾン

工房 住之江 万年筆 ホライゾン

<記事の中に登場する文具>
工房 住之江 万年筆 ホライゾン
ファーバーカステル 伯爵コレクション カートリッジインク 20本入り ターコイズ

この記事を書いた人

武田健
武田健
文具ライター、山田詠美研究家。雑誌『趣味の文具箱』にてインクのコラムを連載中。好きになるととことん追求しないと気が済まない性格。これまでに集めたインクは2000色を超える(2018年10月現在)。インクや万年筆の他に、香水、マステ、手ぬぐいなどにも興味がある。最近は落語、文楽、歌舞伎などの古典芸能にもはまりつつある。
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