万年筆のインクは大きく3つのカテゴリーに分けることができる。もっとも一般的で広く普及しているのが染料インクだ。ペンハウスのオリジナルインク「彩時記」や、パイロットの色彩雫のシリーズなどは染料インクで、基本的にどんな万年筆にも合うように作られている。
その他に顔料インクというのがある。これはセーラーのSTORiAシリーズや、プラチナ万年筆などでも出ている。染料のように水溶性ではなく、顔料を使っているために耐水性に優れ、色も染料とくらべると鮮やかなものが多い。
さらに、もう一つ、古典インクと呼ばれるジャンルがある。これは別名没食子インクと呼ばれ、耐水性、耐光性に優れ、また時間が経つと色が変化するユニークなインクとして知られている。
ただ、染料インクは特に問題はないのだが、顔料インクと古典インクに関しては、その特性上、注意しなくてはならない点があるので、今回はそのことについて分析してみたいと思う。
顔料インクについて
顔料インクは、染料インクと違い、耐水性、耐光性に優れている。そのために、紙に書いた時に染料と比べると滲みにくいという特性がある。ただ、その特性ゆえに、不便な面もある。染料インクと比べると万年筆の手入れが少し面倒になるということ。染料インクは水に溶けやすいために、使い終わったり、インクを替えたりしたい時はきれいに水で洗浄することで、比較的簡単にインクの汚れを落とすことができる。
ところが、顔料インクの場合は、水に溶けにくいという性質があるために、少し洗浄に時間や工夫が必要なのだ。もちろん、万年筆用に開発されたインクなので、万年筆に入れても問題はないのだが、やはり扱い方には気を付けなくてはならない。
特に顔料インクはすぐに乾いてしまうという特性がある。万年筆に入れっぱなしにしておいて、長時間使っていないと、どうしても次に書く時にインクがかすれてしまったり出にくかったりする。
また、そうなった場合にインクを洗浄するのが非常に難しくなり、場合によってはそれが原因でペン先に不具合が生じてしまう可能性が出てくるのだ。
だから、顔料インクを使う場合には、密閉性の高い万年筆(例えばプラチナ万年筆のスリップシール機構を備えた#3776センチュリー万年筆など)を使うことで、ある程度この問題を回避することができる。
では、そんな顔料インクの中でもぼくがお勧めのセーラーのストーリアの各色をご紹介してみよう。
セーラーのストーリアは全8色で、パッケージングデザインやネーミンがサーカスのモチーフで統一されている。
蓋を開けてみると、ひとめで顔料インクだというのがわかるところが面白い。
染料と比べると色が鮮やかで、少しアクリル絵の具っぽい雰囲気がある。これは、顔料独特の大きな特徴と言えるだろう。
全8色のインクの実際の色は下記の通り。
クラウン(イエローグリーン)
バルーン(グリーン)
ナイト(ブルー)
マジック(パープル)
ライオン(ライトブラウン)
スポットライト(イエロー)
ダンサー(ピンク)
ファイヤー(レッド)
どの色も染料に比べると、くっきりとした色で、色鮮やかなのが大きな特徴と言える。だから、例えば文字を目立たせたい時などに顔料インクを使ってみたり、あるいは水に溶けにくいという性質を使って、イラストや絵の縁取りなどに使ってみるというのも面白いだろう。
古典インクについて
では、次に古典インクについて見てみよう。
古典インクというのは没食子インク、IGインクなど、いくつかの呼び方があり、メーカーによってその扱いが違ってきて、実はこれを一言で説明するのは非常に難しい。一般的に鉄分を含んだインクのことを指しているが、鉄分の含有量がメーカーごとに少しずつ異なるので、その扱いなども微妙に違ってくる。
例えば鉄分が少ないインクだと、万年筆に与える影響は少なくなるが、鉄分が多いインクは、その分、万年筆のペン先を腐食してしまう恐れがあるのだ。
最近ではステンレスの改良が進んだために、鉄ペンでも古典インクは使えるようになったと言われているが、ペン先に施された細かい細工や、ペン先に近いところにある飾りのリングや金属部分は腐食される可能性があるので、やはりどうしても古典インクは扱いが難しく、実はぼくもあまり積極的に使うことはない。
ただ、やはり色そのものは面白いので、それほど高くはない万年筆で楽しむようにすれば、万が一のことがあった時には替えがきくし、それほど悲しい想いをしなくて済むので、そのような万年筆を使うようにしている。
つまり染料インク以外は限定万年筆や高価な万年筆などでは使わないようにするというマイルールを設けているのだ。
日本のメーカーではプラチナ万年筆から出ているクラシックインクシリーズが古典インクの代表と言えるだろう。
下記のそれぞれのインクを比較して並べたが、左側は書きたての文字の色で、右側が24時間後の色だ。どれだけインクの色が変化したのかがわかるだろう。これは、さらに時間が経つにつれて変化していくので、その変化を見てみるのも面白いと思う。
セピアブラック
フォレストブラック
カーキブラック
ラベンダーブラック
カシスブラック
シトラスブラック
以上、顔料インクと古典インクを取り扱いの注意点と、実際の色を検証してみたが、一点日頃から万年筆を扱うにあたって気を付けておきたいことを記しておきたい。
顔料インクや古典インクに限らず、染料インクでも言えることなのだが、できるだけ万年筆はこまめに使うことをこころがけている。一番の理想は、手持ちのインクの入っている万年筆は、すべて毎日使うということ。
ただ、ぼくの場合、だいたい40本ぐらいの万年筆にインクを入れているので、それを毎日使うのはとても難しいこと。中には、寝る前の一時間を使って、すべての万年筆の試し書きをしているという人の話を聞くが、それを継続するのはとても難しい。
でも、せめて1週間に一回ぐらいはすべての万年筆で文字を書けるようにローテーションを組みたいとは思っている。
また、洗浄の際も、例えば専用の洗浄液を使って洗浄したり、何度も水荒いをしたり、こびりついてしまったインクを流すために一晩水につけておいたりするなどの工夫をしている。
特に特殊インクの場合は、こういったこまめな洗浄も万年筆を長持ちさせるためには必要なことなので、心がけたい。
そういうこころがけによって、様々な面白いインクを使いこなすことができるのではないかと思っている。
<この記事に登場するインク>
・セーラー万年筆 超微粒子顔料ボトルインク STORiA(ストーリア)
・プラチナ万年筆 CLASSIC INK(クラシックインク)
「これは水分ではなく、油分が多いからだと思われる。」
↓
「これは、顔料独特の大きな特徴と言えるだろう。」
この記事を書いた人
- 文具ライター、山田詠美研究家。雑誌『趣味の文具箱』にてインクのコラムを連載中。好きになるととことん追求しないと気が済まない性格。これまでに集めたインクは2000色を超える(2018年10月現在)。インクや万年筆の他に、香水、マステ、手ぬぐいなどにも興味がある。最近は落語、文楽、歌舞伎などの古典芸能にもはまりつつある。
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