子どもの頃から妄想癖が強かった。物心ついた時から、四六時中いろんなことを空想していた。もちろん、当時どんなことを具体的に妄想していたのか、はっきりとは覚えていないが、とにかく、ぼんやりと頭の中で、ありもしないことをずっと考えていたことだけは強烈に覚えている。
それは、例えば、母が読み聞かせしてくれた桃太郎の話の延長だったのかもしれない。桃から生まれて、大きくなった桃太郎が鬼ヶ島で鬼を退治した話に、子どもながらに興奮したことはなんとなく覚えている。
あるいは、夜寝る前に竜宮城に行った浦島太郎になりきって、自分も海の中に入っていく妄想をしながら、寝たかもしれない。ぼくの海好きは、ひょっとしたらそんな妄想が大きな源になっている可能性もある。
おそらくそれは、文学者だった父と、読書好きだった母の影響が強かったことは間違いないだろう。一人っ子だったから、一人で過ごす時間も多く、空想するより他に楽しみなんてなかったのだ。
さて、そんなタケダ少年は、大人になった今でも、しばしば机の前に座ってぼんやりと空想にふけることがある。といっても、子どもの時のように、何もない状態から何かを妄想することはあまりない。何かあるものがきっかけでいろいろと空想するのだ。
ぼくは、机の上にちょっとした小物を並べるのが好きなのだが、そういった小物が空想の引き出しをこっそりと開けてくれる。
例えば…。いつのころからか集めるようになった灯台の置物。
ブリキでできていたり、木製だったり、その素材は様々なのだが、そういった置物をぼんやりと眺めていると、たちまちぼくの目の前に海が広がる。灯台がぽつんとあるような、そんな小さな海辺を空想するのだ。
また机の別のところに目をやると、スノードームがある。これもまたぼくが集めているものなのだが、お気に入りは、精巧に作られたマンハッタンが凝縮されたスノードームだ。これを見ているだけで、たちまちぼくはサラ・ジェシカパーカー演じるキャリー・ブラッドショーよろしく、NYの街を闊歩しているような気持ちになる。(はたから見るとあほらしいと思われるかもしれないけれども、空想するのは個人の勝手なので許して欲しい)。
もう一つ、ぼくが集めている物の中に、ブリキでできた車のおもちゃがある。それは、たいてい、サーフボードを屋根に積んでいるのだが、サーフィンなんかできないくせに、そういうものを見ると、イケメンのサーファーと一緒に海に行く妄想をしてワクワクしちゃうんである。
閑話休題。
今日ご紹介するアイテムはそんなぼくの空想の扉の鍵を開けてくれる、そんな素敵なアイテムである。
これだけを単体で見ると、一体なんだろう?と思うだろう。
丸いガラスの球体。
しかし、良く見てみると、実に美しい模様がその球体の中に閉じ込められている。これは一体どういう風にしてできているの?と思わず見入ってしまう。
この「Pent×オバタ硝子工房 ONIGAMA ペーパーウェイト 宙<そら>」は、愛知県豊田市出身のガラス工芸作家小幡祐嗣氏によるガラス製のペーパーウェイトである。
このペーパーウェイトを見た時、ぼくは思わず大きなため息をついた。とにかく美しいの一言である。まるで波を思わせるような模様。さらにそこに気泡が入り込み、それらが水滴のようにも見える。
手にしてみるとそれほど大きくはないのだが、それなりの重さが伝わってくる。そして、まるで地球を手にしたような、そんな気持ちになるのだ。
これを自分の机の上に置いてみる。
すると、光の当たり方によって、あるいは見る角度によって、さまざまに模様が変わってくる。ガラスの球体に閉じ込められた世界は固まっているのに、その模様が一律ではないので、まるで動いているかのように見えるのだ。
これは、万年筆にも通じる芸術であると思った。
「宙」を見た時、ぱっと思い浮かべた万年筆が、以前このコラムでもご紹介した「ペリカン スーベレーン オーシャンスワール」だ。まるで天の川のような美しさを彷彿とさせる軸が魅力的なのだが、その独特の世界観が、この「宙」に通じているような気がする。じっくりと二つを見比べてみると、デザインそのものは異なるが、雰囲気が似ているので、ペアで机の上に置いておくと、それだけでぼくの空想は広がっていく。
約1200度の高温によって溶けたガラスを扱う吹きガラスの製法を用いて作られたこのペーパーウェイトは、まさにハンドメイドの芸術と言えるだろう。
ぼくは、家の中で作業をしているので、特にペーパーウェイトなんて必要ないと思っていた。しかし、このペーパーウェイトを実際に目にしてから、がらりと考え方を変えた。
確かに、特に風が吹き込まない室内においては、ペーパーウェイトというのは、それほど実用的ではないかもしれない。だが、この「宙」はペーパーウェイトとしてではなく、ひとつの卓上の芸術品として常に机の上に置いておきたいという気持ちになる。
バランス感覚が良いところも、「宙」の大きな魅力だ。まず、そのサイズ感。大きすぎず、かといって小さいわけでもない。程よい大きさだし、デザイン的にも凝っているので、机の上に置いた時にも周囲に溶け込みつつ、存在感がある。
そして、自分用だけではなく、ちょっと気の利いたプレゼントでも使えるような価格も非常にありがたい。
ペーパーウェイトというのは、なかなか自分では買おうとは思わないかもしれないが、この芸術的なデザインのものだったら、贈られた方も嬉しいのではないかと思う。
万年筆は手に持つことができる芸術だとぼくは思っているけれども、このペーパーウェイトは、机の上にずっと置いておき、ふと一息つきたい時に眺め、そして、空想の扉を開けてくれる、そんな存在になるに違いない。
<記事に登場する文具>
・Pent×オバタ硝子工房 ONIGAMA ペーパーウェイト 宙<そら>
・ペリカン 万年筆 特別生産品 スーベレーン805 オーシャンスワール M805
・Pent〈ペント〉 ボトルインク 彩時記 夏~summer~ 夏天(かてん)
・あたぼうステーショナリー 飾り原稿用紙 碧翡翠
この記事を書いた人
- 文具ライター、山田詠美研究家。雑誌『趣味の文具箱』にてインクのコラムを連載中。好きになるととことん追求しないと気が済まない性格。これまでに集めたインクは2000色を超える(2018年10月現在)。インクや万年筆の他に、香水、マステ、手ぬぐいなどにも興味がある。最近は落語、文楽、歌舞伎などの古典芸能にもはまりつつある。
最新の投稿
- 2020年9月18日武田健のHAPPY INK TIMEコトバノイロ「人間失格」は心の闇に寄り添った色
- 2019年11月7日武田健のHAPPY INK TIME雅な紫に魅せられて「源氏物語」
- 2019年11月1日武田健のHAPPY INK TIME短い秋を彩るインクたち ~レンノンツールバー 2019年秋季限定色~
- 2019年10月23日武田健のHAPPY INK TIME東京インターナショナルペンショー2019レポート