この51年間でぼくは一体何回海外旅行に行っただろうか?
幼いころ、親の仕事の都合でトロントとホノルルに半年ずつ住んでいたが、これは正確に言うと「旅行」とは言えないので、それを除外すると、大学時代、当時単身でナッシュビルにいた父を母と一緒に尋ねた旅行を始めとして、ニューヨーク、エジプト、シンガポール、スリランカ(当時勤めていた紅茶会社の研修で)、グアム、サイパン、上海、韓国、タイ、バリ島、ジャワ島、台湾、アブダビ、パリ、ぐらいだろうか。
ぼくは、あちこちを旅するよりも、気に入った場所ができるとそこに何度も通いたくなるのだが、特にアジアが大好きで、中でもバリ島は6度も訪れるほどぼくにとっては特別な場所。
その他に2度行ったことがあるのが、ニューヨークと台湾だ。ニューヨークは1991年と1993年の秋に行き、それ以来行っていないので、すっかり事情が変わってしまったとは思うけれども、今でも憧れの都市であることは間違いない。
そして、今ぼくが海外で一番行きたいところは?と聞かれたら真っ先にこたえるのが台湾だ。
食べ物はおいしいし、人々は優しいし、風光明媚な場所も多い。
最近文具好きの友人が移住したり、文具好きな台湾の人と仲良くなったので、余計に行ってみたいと思っている。
そして、最近では日本でもしばしばそんな台湾の筆記具をよく見かけるようになり、以前も台湾ブランドのインクをコラムでご紹介した。
今回もそんな今ぼくが一番行きたいと思っている台湾のインクブランド・レンノンツールバー(藍濃道具屋)の夏季限定インクをご紹介したい。
季節ごとに発売されるインクたち
台湾も日本と同じように季節感をとても大切にしている人が多いような気がする。
レンノンツールバーからも季節ごとに限定インクが出ていて、今年の春も「苦楝(クー・リェン)」「春泥(チュン・ニー)」「炮花(パオ・ホワ)」という3色が発売された。
栴檀、春の大地の色、幸福をもたらすといわれる爆竹の破片、といった、台湾の自然や風物を見事に色で表現していて、どれもそんな台湾の空気が感じられる色だった。
ぼくは、旬のインクを使うことは、とても大切なことだと思っているのだが、旬が過ぎても、たまにそのインクを使いたくなることがある。それは、そのインクを使っていた時のことを思い出したり、あるいは他の季節にその季節のことを思い出したりすることができるから。
だから、何となく、春先のあのまったりとした空気が懐かしく思えてきたら、そのころ発売されたインクを取り出して使ってみたりすることもあるのだ。
2019夏限定色
さて、今年の夏もそんなレンノンツールバーから3色の期間限定インクが発売されている。すでにもう夏も終わりだが、まだまだ残暑は厳しくなりそうだし、夏の名残をあちこちで感じることも多いので、これらのインクで夏を名残惜しむというのも良いのではないかと思っている。
いずれのインクも、台湾ならではのネーミングがつけられており、それを感じるだけでも、何となく台湾に遊びに行っているような気持ちになる。
まず、最初は爽やかな黄色系のインク。
<愛玉>
「愛玉」とは、台湾名物の夜市などでも見かけるデザートで、イチジク科の果物。レモンのような風味が特徴的なのだとか。夏の果物なので、その季節に行ったことがないぼくには未知の果物なのだが、今度は暑い時期に台湾に行って食べてみたいなぁと思っている。
デザートやドリンクなどにも使われるくらいポピュラーな果物らしくて、食感が独特らしく、そういう食べ物が大好きなぼくとしては気になるところ。
<西北雨>
台湾は日本よりも南に位置しているので、夏の暑さも日本以上だと思いきや、一時帰国した台湾に移住した友人から聞いた話では、東京の方が暑く感じるらしい。地形も状況もまったく違うので、単純に比較はできないけれども、いろいろな要因が絡んでそう感じるのかもしれない。
しかし、位置的に近いということもあり、台湾の風物詩というのは、日本人にも通じるものが多いような気がする。この「西北雨」も日本でいうところの夕立のことらしく、あぁ、かの地の人も夕立に戸惑ったりするんだろうなぁと思いながらインクを使ってみるのも良いだろう。
<牽牛>
牽牛とはわし座のアルタイルの和名として知られている。天の河の対岸にいる織姫と一年に一度だけ会うことができるという七夕伝説にもつながる。ところが、ぼくは全然知らなかったのだが、この「牽牛」というのは、調べてみたら朝顔の別称でもあるらしい。
台湾では、七夕の夜に彦星と織姫が別れる際、織姫だけではなく、朝顔も涙を流すと言われているのだとか。そんなロマンチックな話に想いを寄せるのも良いだろう。
ラベルを残すための工夫
藍濃道具屋のインクはパッケージのデザインも秀逸なものが多い。
今回の限定インクもラベルのイラストがシンプルなのにしゃれた感じで、しかもそれぞれのインクの世界観をきちんと描いているところが素敵だ。
しかし、ボックスに貼られたシールは、蓋をする形で貼られているために、上から開けようとすると、その蓋を開けなくてはならず、そうするとラベルを破らなくてはならない。
ぼくはそんなに神経質な性格ではないと自分では思っているのだが、どうしてもそのラベルを破るのが惜しい。ただ、底にはラベルが貼られていないので、ぼくのように気になる人は底からボトルを取り出すようにすると良いだろう。
秋に夏を振り返る
いよいよ来週から9月に入る。暦の上では秋に入るわけだが、まだまだ暑い日は続きそうだし、体感として秋という実感が得られないかもしれない。
でも、あの夏のうだるような、肌に絡みつくような暑さは感じられないし、セミの声に交じって、秋の虫の声も聞こえるようになってきたので、確実に秋が近づいていることがわかる。
台湾のインクを使いながら、季節の移ろいを感じると同時に、過ぎゆく夏を静かに見送りたいなと思っている。
<この記事に登場するインク>
・レンノンツールバー ボトルインク 季節限定色 2019年夏季限定
この記事を書いた人
- 文具ライター、山田詠美研究家。雑誌『趣味の文具箱』にてインクのコラムを連載中。好きになるととことん追求しないと気が済まない性格。これまでに集めたインクは2000色を超える(2018年10月現在)。インクや万年筆の他に、香水、マステ、手ぬぐいなどにも興味がある。最近は落語、文楽、歌舞伎などの古典芸能にもはまりつつある。
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