玉石参房 第十六房「風味絶佳」たたずまいが崩れる一瞬 ―焦がして候―
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玉石参房 第十六房「風味絶佳」たたずまいが崩れる一瞬 ―焦がして候―

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(対象小説のネタバレが含まれます。未読の方はご留意ください)

村上龍・村上春樹・シドニー・シェルダン・吉本ばなな・山田詠美・中島らも・原田宗典・岡崎京子・さくらももこ・五木寛之・大友克洋・ラッセン・ヒロ・ヤマガタ・原田治・わたせせいぞう・KENZO・山本寛斎・45RPM・PINKHOUSE・COMME CA DU MODE・アニエス b.・GB・PATiPATi・olive・an-an・non-no・宝島・VOW…「80&90年代ひとり山手線ゲーム」延々キリがないので、

2005年谷崎潤一郎賞受賞作品「風味絶佳」by山田詠美

のイメージインク「コトバノイロ・風味絶佳」にて
朝比奈斎(バブルの甘い蜜を吸い損ねた就職氷河期世代・思春期拗らせ期間の愛読雑誌は月刊OUTと月刊PANjA←「孤独のグルメ」初掲載誌。どっちも廃刊)が
お色見本を作ります。どうぞよしなに。

キッチンペーパーや100均画用紙に「風味絶佳」の色をおいてみると
濃い部分はまさにカラメル色、薄い部分は明るいクリーム色、スポンジケーキ色。
加水分離すると黄色・黄緑・橙とダイナミックな地層的お色に。

キャラメルを登場させた作品は、古くから日本でも
宮沢賢治や芥川龍之介・夢野久作はじめ各多数。

プロレタリア文学の佐多稲子(窪川稲子)「キャラメル工場から」は
「工場に漂う幸せな甘い香り」と相反して
主人公の不遇や働く場のブラックさに胸がつまる作品ですが、

やはりどの作品でも、
甘いキャラメルのふんわりとした香りは「多幸感の象徴」。
そんな幸せあふれる題材多い中、

1865年刊行「不思議の国のアリス」から
「DRINK ME! 」の場面を。


用紙:SAKAEテクニカルペーパー・イロフル
万年筆:セーラー万年筆・ふでDEまんねん40°

紙端にもインクをのせオールド加工っぽい雰囲気に。
古い作品だからこそ書体はあえて現代風に。
当コラムでもいろいろな太さの文字を紹介しているふでDEまんねんですが
今回はあえて「しならないペン先」を活かした固め筆記。

アリスイラストは往年の名作「アリスSOS」
(NHK「天才てれびくん」1998年~1999年)より。
OPが秀逸なんですの。
当時のてれび戦士には12歳前後の生田斗真・ウエンツ瑛士ほか。

閑話休題。
短編小説集「風味絶佳」のなかで表題作品にでてくるキャラメルは、
主人公に多大な影響を与える颯爽とした祖母・フジコの必需品。

世間一般的老人とは違うフジコを理解できず、
諦観気味の息子夫婦や色眼鏡で見る他人のなかで、

自分自身、および向き合う相手にひとくち与えるキャラメルが
ひとときの間をおいて各々にもたらす「一呼吸」の道具として
うまく使われています。


用紙:マルマン・ヴィフアール中目
Gペン:ZEBRA・チタンGペンPRO

彼女の長い人生の経験は、
砂糖を焦がして得られるキャラメルのあの独特な風味と同様なればこそ。

人の風味も同じ様に、ただ甘いだけではない、
一瞬焦げるような今までとは違う「一筋縄にいかない」違和感が、
この作品集の登場人物いずれにも加味されています。

同作品集から「海の庭」より


用紙:マルマン・ヴィフアール中目
Gペン:立川ピン製作所・タチカワプレミアムセット

母の幼馴染・作並くんは日向子にとって目の離せない人物。
飄々と淡々とフラットな印象を醸す作並くんが、一瞬違う魅力を見せる場面。
この転換部は日向子同様、「精神的にもっていかれる」場面です。

山田詠美の作風は、<赤裸々な表現>というバッシング的な色眼鏡を外すと
とても的確で非常に内向垂心的な短文の心地よさが浮かび上がります。
「ふつうの人にある、ふつうでない部分」を、さらりと短くいれる戦慄。

同作品集内「間食」の寺内しかり、「夕餉」の美々しかり。
家族の前で感情をおさえられなくなった志郎(「風味絶佳」)や
章造(「春眠」)しかり。

ちょっと変わった風体の人物たちも、それに翻弄される人物たちも、
物語が進むなかで一瞬だけみせる、それまでとは違った別の「風味」。

人間だれでも持っている別の顔。
「美しいたたずまいが崩れる時」のとらえ方に、ぐっとくるのです。

軽く構えた位置から放たれる「山田詠美の言葉の矢」は、
かろやかな弧をえがいて、読む人の心の的に「意外な重さ」で深く刺さる。


コトバノイロ・風味絶佳の朗らかな色は赤味インクともよく合います。


用紙:KOKUYO・KB用紙
Gペン:ZEBRA・チタンGペンPRO
併用インク:PILOT・色彩雫「花筏」

あれからまた、ひとつき。
前号にひきつづき、一筆箋「桜ism」の5月花々バージョンを。


併用インク:彩時記「麗春」「風花」「藤富咲

桜ismの一筆箋は、美しいピンク色の可憐な桜のイラスト。
この綺麗な色のうえに、万年筆インクをかさねて、
今回は林檎の花・ライラック・ポピー・藤など、
季節に合わせた紙面を再構築。

下地の桜ピンクと、グラフィーロの独特な発色もあいまって
重ねた色は、独特の発色で意外な色味に。
桜からはじまり、その後も続く5月の彩りを表現しました。

前号で紹介したステンシルシートと万年筆を使った表現の続き。
綿棒で着色した場合と万年筆線画を水でぼかした表現を。
水ぼかしの場合、線を多少失敗してもうまい具合に溶けてしまうので
安心感が大きいです。

中央4輪が綿棒使用。外周切り抜き4輪は万年筆で型を書き水でぼかしたもの。

お子様の夏休みの自由研究にもいかがでしょう。

冒頭のインク塗り画用紙は、
繊細なレース紙や花模様・泡模様とこっくりした飴色が似合う動物たちへ形成。
キャラメルと合う飲み物・光陰矢の如し的な数字とバブル期的扇子模様。

焦がすという行為で得られる唯一無二の風味。
焙煎や燻製はじめ、コーヒーもチョコレートも砂糖のカラメルも、
加熱による物質変化がなければ味わえない人間の特権。

ただ甘いだけよりもちょっとほろ苦いほうが、
人生もぐっと美味しく魅力的になるのでしょう。

色にいざなわれて開ける扉の向こうにひろがる、
「風味絶佳」の世界。
インクの楽しみの入り口となれば幸いです。

今ならかなりのお宝価格になったであろうショウワノートやセイカの
ぬりえ冊子・絶版品未使用・幼児期からこつこつためていた200冊を、
断捨離という名のもとに母に資源ごみとして出された事が一番苦い思い出、な朝比奈斎でした。
「人生って、ままならないもんだねえ」by弥生(「春眠」)
ではまた。

<今回のメインインク>
Pent〈ペント〉ボトルインク コトバノイロ 風味絶佳(ふうみぜっか)

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この記事を書いた人

朝比奈斎
朝比奈斎
憧れの高級文具から教室に忘れ去られた名もなき消しゴムに至るまですべての文具を偏愛する者。
文字は下書き無し・肉付け塗り無しの一発書き。
文具・画材・多肉愛好家として雑貨店「SHOP511」にて多肉植物の育成販売と文具雑貨諸事の販売に携わる。好きな言葉は「玉石混淆」

Twitter:@asahinaitsuku
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