玉石参房 第十三房「夜明け前」『おてんとうさまも見ずに』―理想に斃れた挫折の人―
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玉石参房 第十三房「夜明け前」『おてんとうさまも見ずに』―理想に斃れた挫折の人―

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(対象小説のネタバレが含まれます。未読の方はご留意ください)

読みました。
ええ、読みましたとも。

…長い。(小説が)
…つらい。(主人公の境遇が)
…きつい。(読後精神状態が)

でも、正確な描写筆致とリズム感のよいきれいな言葉繰りで、
ついつい読めちゃう。
(…ごんぶと本が、あと3冊もあるのかぁ…)と溜息がでても、読めちゃう。

ゆっくりじわじわと、
気づかぬうちに寄せるような静かな波の如き歴史の過渡期と
めちゃ多い登場人物がアヤナス
「夜明け前by島崎藤村」

のイメージインク「コトバノイロ・夜明け前」にて
朝比奈斎(妻籠・馬籠宿で酒蒸し饅頭のできあがりを辛抱強く待ったおかげで、引率先生方を怒りの仁王さながらに走り回らせ修学旅行バス出発を遅らせたポケベル時代のJK)が
お色見本を作ります。どうぞよしなに。

今回のインクは濃淡どちらも、とてもかっこいいグレー。
加水分離は水色や淡い紫がでます。
超個人的には飼い猫うるちゃんの色と酷似で嬉々!
しかもマ・クベのギャン@機動戦士ガンダムっぽい良いお色!


青や紫系分離のはずなのに、なぜ黄~茶系がでているのかね?
答え:乾燥時、エンボスヒーター近づけすぎて紙を焦がしたからです!注意散漫!
100均画用紙や画材店販売水彩紙・いつものノート類に。

さて「夜明け前」というと
「夜明け前が一番暗い」と聞いたことはありませぬか?
イギリスの諺にて候。

「明けない夜はない」が類語の希望的観測の。
わたくしは坂田銀時@銀魂アニメ307話から教わりました。
銀さん病院のベッドでいいこと言う!杉田ボイス!!

でもね。
島崎藤村の『夜明け前』とは一切関係ございませんんんっ!
むしろ逆!!
希望どころか、絶望のデンプシーロール@はじめの一歩、です!∞!

でも書きました。イギリスの諺。

イギリスの諺


用紙:マルマン水彩紙・ヴィフアール中目
Gペン:立川ピン製作所・タチカワプレミアムセット


主人公・半蔵は向学心にたけた馬籠宿の有力者の立場でありながら
やることナスこと裏目にでます。ですぎ。
「禍転じて福とナス」を切に願わずにはいられない。

それはさておき、夜明け前に関しては
西洋と東洋でとらえかたの違いがある模様。

おひさまが顔を出してからが夜明けなのか、
おひさま出る前の薄淡く白み始める空のことなのか。
山岳多い地域なのか地平線や水平線の地域なのか、
各々でとらえかたは差がある模様。人間模様。

反射作用とはいえど、谷間平地で日の出がまだでもモルゲンロート
(山の朝焼け・ハイジAdelheidは「山の夕焼け」を火事だと申告)
が見える時はありますからのう。

個人的には空の闇漆黒が変化し始める時間帯、
空間の色の変化時間は「夜明け前」ととりたい。

刻々と変わる静かな色は、落ち着きのある彩。
まさにこのインクの、濃い色から淡く広がる青みあるグレー。
夜中の闇色と明るい薔薇色の朝焼けをつなぐ、橋渡しの色です。
清少納言も言うてはりますやん、約1020年前に。

やうやう白くなりゆくやまぎは、すこし明かりて、
紫だちたる雲の細くたなびきたるたるそーす、
とお通ちゃん@銀魂のようにふざけて言った強制暗唱の思い出。
いふべきかたなし!!
(古語ってホグワーツで習う呪文っぽいときありますね。)

Un ange passe.
さてここで。
染料インク等を使う時に、紙が薄い・粗いなどの相性によって
にじむ場合がありますが。
そんなときは、増粘添加剤の出番です。


↑増粘剤添加の前後。後半小文字t~rまでが添加後。
このとおり裏抜けも激減!
乾燥後はぷっくり立体的でさわっても楽しいよ!

「玉石参房・彩時記編」にて「インク滲むときは増粘剤」のお話をしました。
「家庭にあるもので代用可能、続きはまた今度!」とも言いました。
ええ、それっきり忘れていました。無責任一代男。
工事現場の看板絵のごとくお詫び。

答え:ゼラチン液でも代用できますよ、自己責任の範疇で!

アラビアゴムメディウムが一番色なじみ良いので推奨!
在庫切れヤムナシ!という緊急時に、ゼラチン使います個人的に。
なんちゃって膠気分で。勇者のみお試しください。

不遇の人・半蔵は、実直真面目で学問好き、
当時の旦那衆にはありがちな女遊びなど悪い癖もない宿場本陣の跡取り息子、
と、婚活女子が目の色変えそうな物件、もとい御仁ではあります。

村人の嘆願もきいちゃう。
国の行く末も憂いちゃう。
これではいけない、やらねば!と思っちゃう。

でも余計なこともしちゃう。
そしてことごとく裏目にでちゃう。
村人のために動くのに、村人はあんまり評価してくれず、
めっちゃ「片思い」の人、と昔馴染みの伊之助から評される。

それは、自覚せぬプライドと折り合いをつける柔軟性のなさによるもの。


用紙:山本紙業・COSMONOTE
Gペン:ZEBRA・チタンGペンPRO
軸:くらふと鈴来


第一部上での若い半蔵の心意気。
なんだかふわふわした坊ちゃんではあるにもかかわらず
父や継母、親戚からもきつい叱咤はなく、常にふんわりと、
「自分の役目にそのうちしっかり向き合うだろう」と大目にみてもらう日々。

家業継ぐ前に寺子屋で先生的立場になってしまったので、
智力の自覚と無自覚の自尊心、
田舎暮らしでの不満と学問・都会への羨望、
理想高いゆえの現実への絶望感にかられて、

やらんでいいことをするのです。(あちゃー)

ただし、彼は生まれ持った状況がどんなに恵まれているか、
ゆっくり、しかし確実に変わる世の中を見据えて、
暮らし(家族や村人)のために何を取捨選択すべきか、には
目が向かないのです。
親戚である妻籠本陣の長・寿平次や近隣の伊之助のような「受け入れ」余地もなく、
まさに、「足るを識らず」に。

別に家族ともこじれてないのに。
むしろ周りの大人、大目にみてくれるような良い人ばっかりよ?!


用紙:山本紙業・COSMONOTE
ガラスペン:ハリオサイエンス・毎日つかいたいガラスペンBRIDE


旧態依然の人物として父親との確執は、洋の東西問わずありがちな懸案ですが、
半蔵の父・吉左衛門は、それなりに学問も嗜み、広い心をもった常識人。
継母のおまんも教育熱心。
識字率低い地域の中で、国学に傾倒する時も
跡取り息子のあるべき立場をゴリ押しせずに、上手に考える時間を与えている。
(父から与えられた時間を、本陣や役目に向き合う機会には活かせなかったものの)

妻のお民も甲斐甲斐しく半蔵を支えるわけです。
文句もいわずに。


用紙:SAKAEテクニカルペーパー・イロフル
ペーパーウエイト:色工房・まりも・俵毬・桃
Gペン:ZEBRA・チタンGペンPRO
併用インク:彩時記・麗春


お民の性格の良さ、甲斐甲斐しさ、女性らしさのイメージと
子猫たちをほほえましく見入る場面から明るい桃色を併用。
グレーと混じることで、若々しい女性のはつらつさと、
本陣の女将としてこの先、全てを取り仕切らねばならない
覚悟と成長をイメージしました。

半蔵の「やらんでいいこと」で
一番迷惑を被った妻のお民。
半蔵・お民ともに島崎藤村の両親がモデルなので、
虚実ないまぜとはいえ、ほぼノンフィクションとおもうと、

島崎藤村のナレーター的な描写と登場人物の口を借りながらの記述は、
当時の人々や暮らし、歴史の変化の細かい描写として実(じつ)がこもります。

漱石以来、「日本における新・個人主義、自由の責任、家制度と女性の立場」が
作品投影されていますが、
(漱石・藤村ともに留学経験あり)

政治的思想はもとより、
家制度に縛られている女性の権利については、
漱石提言当時よりもさらにすすみ、
時代的ゆるやかな加速感と田舎特有の人間関係を正確に表現した、
藤村の書き方は圧巻です。(漱石は藤村自費出版「破戒」をベタ褒め)

ただし、そこに答えはない。令和の今もない。
答えは読んだ私たち一人ひとりが見つけていくのだ。

半蔵が、何者にも成れず、何事も為しえなかった挫折のように。
みな、不本意な運命に諍うことなく、澱みに流される。
ただただ、明日の暮らしを守るために、今日できることを選ぶだけ。
雪がふれば、その地で受けるしかない。
雪空は、グレー。
日の光はいづこに。

「おてんとうさまも見ずに死ぬ」

座敷牢にいれられた狂スル人・半蔵の言葉こそが、
この作品の主軸です。
半蔵にはもう二度と「夜明け」は来ない。
現実に迎合できず、理想に斃れた彼こそは
永劫、夜明け「前」でした。

夜明け前風景画


↑ホワイト加筆無し・紙の白のみの「夜明け前インク1色描き」で雪の妻籠宿を。


冒頭の一面塗り画用紙は、雪模様に。
焦がした部分は鹿の体になりました。
山の空気、重みある雪雲のごとくあれかし。

色にいざなわれて開ける扉の向こうにひろがる、
「夜明け前」の世界。
インクの楽しみの入り口となれば幸いです。

今も昔もマウントとる人嫌われる、
理想空回りのエンジン空ふかしで、やっと走り出したらエンスト、
家業継がないなら手に職つけろ足を地につけろ、
祝詞あげる側が感極まって泣くな、周りがドン引き、「どうすんのこれ」的時間、
師匠変人なら弟子も変人、

というミモフタモナイ超個人的感想の
朝比奈斎(「信州林檎は冷やすとさらに美味」という店の人の口車にヤンキー的な箱乗りし林檎単品購入、宿泊ホテルの窓の下に置いて次の日忘れて帰郷した修学旅行最終日…食べられなかった林檎、死ぬまで忘れぬ)

でした。
修学旅行で林檎買った同級生は学年でも皆無。
ではまた

<今回のメインインク>
Pent〈ペント〉 ボトルインク コトバノイロ 夜明け前(よあけまえ)

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この記事を書いた人

朝比奈斎
朝比奈斎
憧れの高級文具から教室に忘れ去られた名もなき消しゴムに至るまですべての文具を偏愛する者。
文字は下書き無し・肉付け塗り無しの一発書き。
文具・画材・多肉愛好家として雑貨店「SHOP511」にて多肉植物の育成販売と文具雑貨諸事の販売に携わる。好きな言葉は「玉石混淆」

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