先日、ナガサワ文具センター主催の日本インク紀行というイベントが、神戸のさんちかホールにて行われた。
その際に、ぼくはみんなでインク見本帳を作ろうというワークショップを行ったのだが、思いのほか評判が良く、ワークショップの後、自分でもやってみたという声を多数いただいた。
そこで、今回は特別にこちらのコラムでもその時にご紹介した内容をいくつかピックアップしてご紹介してみたいと思う。
インク見本帳を作るにあたって
今回ぼくがご紹介したインク見本帳の作り方は、ぼくなりの作り方であり、当然のことながら、これが必ずしも最高のやり方、というわけではないということは先にお断りしておきたい。
ぼくの作り方を参考にしながら、各自が創意工夫をしていただいて構わないし、むしろその方がよりオリジナリティが出て楽しいものになるだろう。
これが最終的にぼくが目指しているインク見本なのだが、ぼくはイラストが苦手なので、このような形にしているが、ここにイラストを加えても良いし、インク名やブランド名などの位置を変えても良いだろう。それらのフォーマットは自分の見やすいように試行錯誤しながらみつけていくというのも面白いかもしれない。
また、インク見本帳というのは、インクとじっくり向き合う時間を作るということである。確かに一色一色、インク見本を作るのは時間も手間もかかってしまう。しかし、だからこそ、インクと一対一で向き合うことができるのではないだろうか。そういうことも含めて、ぜひインク見本帳づくりを楽しんでもらいたい。
用意するもの
まずは、インク見本帳を作るにあたって、用意するものをご紹介したい。
<1> 名刺大の情報カード
インク見本帳の形は色々なものが考えられる。糸で綴じられたノートを使っている人もいるだろうし、インク見本帳として作られているノートに記載している人も多いと思う。
ぼくは、色々と試した結果、このようなカードを使うようにしている。
それにはいくつかの理由があるのだが、まずカードで作った場合、差し替えが自由であるということ。
綴じノートで作ると、一度その位置にインクの見本を書いてしまうと、そこからその見本を移動させることができない。そのために、例えば新色が追加された時に、移動できなくなってしまう可能性がある。
もう一つの理由が、他のインクと比較をする時に、カード式だとそのカードを引き抜いて、他のインクの見本などと照らし合わせることができる。それもカードを使ってインク見本帳を作る大きな理由なのだ。
※この写真は、武田専用のフォーマットで作っているので、今回ご紹介するフォーマットとは少し異なる。(詳細は後述する)
なお、名刺大の情報カードは、コレクトとライフのどちらからも出ているので、自分の使いやすい方を選ぼう。
<2> 二つのサイズのシール
ぼくがお勧めしているインク見本帳の最大の特徴は、このシールを使うということ。これにも理由があるのだが、シールを使うことによって、インク見本の形が定まり、見映えが良くなるのだ。ぼくはこの方法をみつけるまで、例えば方眼のマス目を使って色を塗ったり、線を書いたりしていたのだが、そうなると、どうしてもその枠からはみ出てしまって、形が揃わなくなってしまうことが多かった。それがだんだんとフラストレーションになったのだ。
ところが、シールに色を塗るようにすれば、そのシールの部分だけがくりぬかれるために、所定の枠からはみ出して塗ることがなくなる。それによって形が定まるのである。
さて、
今回用意するのは、2種類のシール。
一つは正方形のシールで、これはもともとQRコードを印字するためのシールだ。これが、ちょうど2cm四方の形で、インク見本を作るのにぴったりなのである。
もう一つが、長方形のシールだ。これも今回のインク見本帳の要となる部分なので、このふたつの形のシールを用意しておきたい。
なお、どちらのシールも量販店やネットショップなどで容易に用意することができる。
<3>綿棒
なぜ綿棒?と思う人もいるかもしれないが、色を塗る時にこの綿棒が大活躍する。しかも安価で手に入れやすいのも嬉しい。
<4>水筆
インクのグラデーションを作成する時に使用する。
<5>ガラスペンか万年筆
インク見本帳にインクの情報を記すための筆記具。ガラスペンはすぐに洗えるので、大量のインクを筆記する場合にはとても便利。
ぼくは諸般の都合で、ガラスペンではなく、セーラーの入門用万年筆であるハイエースネオを使用している。
そのほかに、水筆をふくためのティッシュやいらない布、水筆やガラスペンを洗うための水を用意しておこう。
シールに色を塗る
では、早速インク見本帳作りに挑戦してみよう。
まずは、シールに色を塗るところから始める。
その前に、インク見本帳をつくるためのインクを用意するのだが、綿棒は1本で2色つくることになるので、偶数でインクを用意しておくと無駄がなくなる。
ぼくはだいたい4本単位でインク見本を作るようにしている。
また、シールに色を塗るまえにやっておくことがある。それは、シールの一部をはがすこと。
ここをはがしておかないと、色を塗った時に、シールの境目がわかりにくくなり、うっかり隣のシールも塗ってしまうことになる。それを避けるために、まずは下の写真のように、シールのガイドを剥がすようにしよう。
最初は正方形のシールに色を塗っていこう。
綿棒の片方をインクに浸し、それで正方形のシールを丁寧に塗る。その際気を付けなくてはならないのは、何度もごしごしこすらないこと。シールも綿棒も繊維なので、それらが強くこすれ合うことによって、繊維質がシールに出てきてしまう。なので、程よい強さでまんべんなく正方形に塗り込もう。
ガイドが剥がれているので、枠をはみ出しても大丈夫だが、隣のシールとの幅が狭いので、うっかり隣のシールも塗ってしまうことのないように気を付けたい。
次に長方形のシールに色を塗るのだが、こちらは、正方形のシールよりも少し神経を使わなくてはならない。なぜなら、ただべったりと塗るのではなく、水筆を使ってグラデーションを作るからだ。
つまり、正方形のシールとは少しニュアンスの違う色見本を作ることになる。
まず、水筆に水を含ませておくのだが、その際に気を付けたいのは、水気をあまり含み過ぎないこと。一度水につけた水筆は、ティッシュなどで水分をある程度取り除いておこう。
そして、さきほどの綿棒を使って、長方形のシールのうちの2/3ほどを塗る。
そうしたら、先ほどティッシュで水気をふいた水筆を使って、シールに塗った2/3ほどのインクのお尻の部分を伸ばすように残りの1/3を塗る。その時、例えば水分が足りなかった場合には、心持ち、水筆を濡らしてみてから少しずつインクを伸ばしていくようにしよう。インクが足りないと思ったら、2/3塗ってある方のインクをもう一度水筆でなぞるように塗って、それを残りの1/3に塗り込むようにすると良いだろう。
ただ、あまりにも水分が多すぎると、今度はシールの粘着性が悪くなるので、その点は少し気を付けた方が良い。
インクによっては(特に薄い色のインクは)きれいにグラデーションが出ず、インクのムラだけができてしまうこともあるが、それもまた味だと思って、それを使用しても良いし、納得のいくまで、何度も他のシール片を使って書き直してみるのもよいだろう。独立したシールだからこそ、何度でも試すことができるのもシールを使う利点だろう。
完成した長方形のシールはこのようになる。
ここで、すぐにインク見本カードに情報を書きたいところだが、効率を考えて、他の色のインクシールもまとめて作っておこう。
情報カードに情報を記入
次に、情報カードにインクの情報を記載する。
必ず記載しておきたいのは、そのインクのブランド名と、(ある場合にはシリーズ名も)インクの名前だ。その他に購入した年月日をどこかに記載しておくのも良いだろう。
こちらも、シールと同じ枚数を一度に作ってしまうと効率的だ。
情報が記載されたカードにシールを貼る
いよいよ、最後の工程。カードにシールを貼ろう。
まずは正方形のシールを適当な場所に貼る。
ぼくは用紙の真ん中に来るように貼っているが、それぞれ自分のやり方で見やすい場所をみつけて、貼ってみよう。
位置を定めて1枚カードを作ったら、それがベースとなる。
2枚目からは、最初のカードと同じ位置にシールを貼るので、ぼくは2枚目のカードを1枚目のカードの上に重ねて、シールの位置を確認しながら次の色のシールを貼るようにしている。
そして同じように他の2枚のカードを作れば、次のように4枚の正方形のシールを貼った情報カードができる。
最後に長方形のシールを貼るのだが、いくつか注意点がある。まず、長方形のシールの方は水筆を使っているために、シールが水分を吸っている可能性がある。そのままの状態だと剥離紙から剥がす時にシールが途中で破けてしまったり、指に粘着部分だけがこびりつき、きれいにカードに貼れなかったりする。なので、長方形のシールについては、ある程度乾いたことを確認してから慎重に剥離紙から剥がすようにしたい。
そして、この長方形のシールを貼る位置も工夫したい。
できるだけカードの端の方に貼ることをおすすめする。
なぜかというと、この部分をカラーチップのようにして使うためだ。カードの端の方にシールを貼ることによって、その部分だけを重ね合わせて他の色のチップと比較しやすくなる。この部分が端から離れていると、その分、他のカードのチップの部分との隙間が生まれてしまい、比較がしづらくなる。それを避けるために、この長方形のシールはできるだけカードの端に貼るようにした方が良いだろう。
これで、インク見本カードの完成である。
数が少ないと、なかなかその便利さを実感することができないかもしれないが、根気よく数を増やしていくことによって、だんだんとこの方式のインク見本の管理の仕方が面白くなってくるので、ある程度溜まるまでは必死に作っておくことをお勧めする。
そして、まだ所有インクの数が少ないうちに、自分なりのフォーマットを確立しておけば、インクが増えたとしても、後はそれを追加していけば良いだけなので、インク見本帳も美しくまとめることができるようになる。
「武田オリジナル」インク見本帳の作り方
では、ここで「武田オリジナル」のインク見本帳を特別に公開してみたい。
基本的には上記と同じやり方なのだが、ぼくの場合は2000色以上のインクがあるために、インクのブランド名やインク名をいちいち手書きで書くのは時間も手間もかかってしまう。そこで、その部分はすべてパソコンに任せることにしている。
ぼくは手持ちのインクはすべてエクセルで管理しているのだが、そのエクセルを基に、先にインクカードを作っておくのである。カードは10面の名刺を作るための専用シートを使う。
その際、正方形と長方形のシールを貼る位置なども薄い灰色で示しておけば、所定の位置にシールを貼ることが可能だ。
ところで、このやり方だと、インクのブランド名やインク名が印字されてしまうため、実際に文字を書いた時の色の感じがわからないというデメリットがある。そこでぼくは、正方形のシールの上半分を塗り、下半分を線で書くようにしている。実は、これ、定規を使って線を引いているのだが、ガラスペンだとどうしても色がにじんでしまったり、シールにひっかかって破けてしまったりする。しかし、万年筆を使うと、線をきれいに引けることがわかり、それからぼくはセーラーのハイエースネオを使ってこれを作っているようである。
ちなみに、「趣味の文具箱」47号に掲載したご当地インク一覧の見本もすべてこのやり方で作成している。
このカードは、システム手帳のカードフォルダーで色別に管理しているのだが、それだと、同じブランドの色を一覧することができない。そのために、ブランド別にインクを一覧したい時のためのフォーマットをもう一つ用意している。
こうすることによって、ブランド一覧のリストと、カード形式で管理をする色別の見本帳というように、2つのタイプの色見本帳が完成するという仕組みになっているのだ。
インク見本帳を作ることは、インクと向き合う時間を作るということ
インクを集めるのが好きな人は、とにかくきれいなインクを見ると、手に入れずにはいられなくなってしまう。そして、実際にインクを手にすると、早くそのインクを使いたいという気持ちが強くなり、万年筆に吸わせて、早速インクを使って楽しむという人も多いだろう。
しかし、上記のような方法でインク見本帳を作ってみると、改めて、そのインクに対する自分なりの想いを感じることができる。
手間もかかる、時間も必要、さらに道具を揃えたり、場所を確保したりすることもあるだろう。そういう諸々の面倒くさい手順を踏まえるからこそ、じっくりとインクと向き合う時間が生まれるのではないだろうか。
そして、それによって、インクと対話する機会がそこに生まれるのではないかと思う。
ぜひ、多くの人たちにその時間を作り、さらにインクに対する愛を深めてもらいたい、そうぼくは思っているのだ。
<この記事に登場する文具>
・Pent〈ペント〉ボトルインク 彩時記
・セーラー万年筆 ハイエース ネオ クリア
この記事を書いた人
- 文具ライター、山田詠美研究家。雑誌『趣味の文具箱』にてインクのコラムを連載中。好きになるととことん追求しないと気が済まない性格。これまでに集めたインクは2000色を超える(2018年10月現在)。インクや万年筆の他に、香水、マステ、手ぬぐいなどにも興味がある。最近は落語、文楽、歌舞伎などの古典芸能にもはまりつつある。
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