玉石参房 第二十五房―如月―冬から春へ。世界よ、我をなぐさめよ。
世界の筆記具ペンハウス

玉石参房 第二十五房―如月―冬から春へ。世界よ、我をなぐさめよ。

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春きにけらし。

かわいらしいセツブンソウはじめ、
梅椿福寿草など、
細長い日本列島各所にてぽつぽつと春の兆し。

旧暦新年もあらたまり、
冬の風花から春のたよりへ
年度いれかわる準備の時。

いずれ来たる別れと出会いも
春風にのせて、

季節とこころの機微をあらわす素敵なインク、
「桜」「麗春」「春琴抄」のPINK組をメインに

朝比奈斎(超高性能人体花粉センサー発動中。敏感なお年頃)が
お色見本を作ります。
どうぞよしなに。


用紙:KOKUYO・KB用紙
ガラスペン:GeckoDesign・プルームガラスペン


PINK!PINK!PINK!

昨今ジェンダー観点諸々ありますが、
それはそれ、これはこれ、で

純粋に色として、綺麗なものは綺麗。

春色の花にも多い薄紅色は、
ふんわり可愛らしいしあわせ色から、
主張くっきり強めピンクまで、

自然の色から人工色にいたるまで
太古より人間の目を強く惹きます。

桜・麗春・春琴抄の3色をならべると

ふんわりやわらかな春色の桜、
蛍光味のある明るい麗春、
落ち着きのある紅(赤からピンクまでの広い範囲概念)
である春琴抄、


それぞれのお色が際立ちます。

3色をそれぞれ加水すると、
とてもやわらかな花色に。


薄い紙、薄葉紙を染めてみました。
花束を包む不織紙よりも色が濃く染まりやすく、
また破れやすいので、
加水して細かく噴霧できる霧吹きで。

粒子こまかなスプレーが好みなので
使いおわった香水アトマイザーを使用。

自己責任ですが、あえて
ほんのすこし残っている香水とインクを混ぜて噴霧。
昨今では目にも久しい、文香にもできます。

※※※

いざペンとインクをとって、
一画かきはじめたときに、
思った以上ににじむときがあります。

にじむ紙。そして油性ペンのにじみ。
膝からがっくり崩れ落つ。


目の粗い紙、塗工なしの紙、
吸水とひろがりが速い速乾の油性ペン、
それは時に仕方のない出会い。

でも、にじむからと敬遠はしたくない。
その製品も多くの人の手を経て、
わたくしのもとにきた縁ある物。
無碍に玉石分かつことはしのびない。

にじめども何とかしようホトトギス

古語「にじむ」は
深く感じ心にしみる、関心を寄せる意味。

文字が滲んだとしても、
その紙に関心を寄せて
深くかんじてみましょうよ、と。

そこで今回ご紹介の極細油性ペン、
タチカワ・FINEPOINT SYSTEM0.05!!


にじむ紙、もういっそインクで全面塗ってしまいます。
思った以上に吸水速いですが、
気にせずどんどん塗る。自分好みの色になるまで。
(けば立つほどの荒い塗り方は避けましょう)

そしてしっかり乾燥(ここ重要)
表面が若干けば立っているなら重いもので均します。
(あればローラー、なければ滑らかなコップの底等で擦る)

タチカワの極細油性ペンは
ゆっくり書くとじわじわ味のある線に、
すばやく書くと髪の毛ほどの細いシャープな線に。

一面塗ったインク紙に一筆書きのような線で
花々を。


ピンク色をのせた部分には花を、
淡いミントグリーンのインク彩時記「風花」をのせた部分には葉を。
大胆な色のはみだしと簡略な線で。


これならば、にじむ紙も利用可能に。
紙の繊維によっては、それでも滲む場合もあるので
各種、事前におためしください。


インク先塗・線画あとがきで、ちいさなカードタグも。
筆圧強めなわたくし、軽い力をこころがけ、
たおやかな線が可能に!
極細の線がやわらかで緻密なペン画にも良いですね。

イラストだけでなく、
宛名書きはじめ、文字書きとしても重宝のこのペン、
にじむ紙の応用編として、ご紹介はまた次の機会に。

先に線画を描き、あとでインク色付けの場合、
今回は個人的に一番好きな乙女椿を。


彩時期:麗春向日葵風花
コトバノイロ:春琴抄
用紙:カランダッシュ・エーデルワイス水彩紙ブックSMアルビレオ


※※※

谷崎潤一郎「春琴抄」。
句読点を極力排した、長い長いとても長い文章は、
短文改行、句読点に慣れていると読みづらさが難点。

10代の頃、講義課題として
「春琴抄」をはじめて読んだ時は、
せっかちな目の動きで読むと

垂線下すような読む流れが
句点のない次の主語でひっかかり、
上に目線が戻ってしまう、

ツルツル進む目を一旦逆に引き寄せ
主語を認識させる一手間は、
まるでミシンの返し縫いのような動きで困惑したのですが、

その後、古典写本を読む機会がふえると
私見ながら、
谷崎の句読点排除の意図もみえてきました。

まったく句読点のない美しい古典写本は、
ぱっと頁をひらいたとき、
視覚にうったえる文字のかたまりの美が。

句読点がないと、文末と主語の見極めに
読み手が気を遣い、注意深くなります。
ゆっくりでも確かな言葉拾い。

そして脳内音読、
講談のようなことばの流れ、
息遣いも緩急も自分の好みで
脳内の音声として再現できます。

視覚と聴覚にわたる、
うつくしき文字とことばの美意識、
物語内、春琴の、
舞の才能(視)から音曲の才能(聴)への移行とも相まって

谷崎の句読点排除の美の世界が際立ちます。


コトバノイロ・春琴抄
用紙:山本紙業・コスモエアライト
Gペン:立川ピン製作所・タチカワGペン
軸:大西製作所・コルト・しだれ桜
ペーパーウェイト:Pent〈ペント〉 by 色工房・ペーパーウェイト・まりも 俵毬 桃


長文とはいっても、
流れ落ちる短文の連なり、

佐助と春琴の、
色眼鏡的な性的嗜虐とマゾヒズム、
周囲も巻き込む人間の醜い感情の原因と結果、

崇高な世界観の共有でありながら
超個人的な主観の昇華、

清濁すべてを混沌とし、
圧倒的な筆力と冷徹な客観と
人の善なるもの(それを愛と呼べるかは、また別のお話)をあらわした
谷崎潤一郎の世界によりそう素敵なインク「春琴抄」。

良いことも悪いことも内包する。
目が潰えても、ふたりが「見る世界」はむしろ明るい。

佐助と春琴だけの世界観の共有、
内側はあかるく、そして穏やかであること。

逆に、外側だけの世界観の「健常」な他人からは
決して見えず(見ようとせず)理解がおよばない、
世界観の断絶があること。

再読すればするほど、深い精神性が見えてくる
それが文学の醍醐味です。

清濁あわせる魅力的な仄暗さをふくむインクの色味が
文学の世界をさらに拡げてくれることでしょう。

※※※


冒頭の薄葉紙のインク染紙のほか、
ふつうのティッシュペーパー2枚一組を1枚ずつに分け、
同じくスプレー着色、春の花を。

紙コップの底をくりぬいて
丸く切った染紙を半円状に重ねかぶせていくと
かわいらしい花の形に。

ふつうの飲み口のほうで作れば大きな花に。

幼稚園保育園等でならうお花紙の蛇腹折り
を応用して
両端を丸く切ったり、尖らせたり細工して広げていくと
また違う表情の花に。


花盛りうれしき春よ。

色にいざなわれて開ける扉の向こうにひろがる、
春色の世界。
インクの楽しみの入り口となれば幸いです。

別れ名残惜しむ、寄せ書き準備の季節。
いろいろな色で、送る気持ちをこめて。
うつりゆく季節を色で心留めしたい朝比奈斎(あと何回花見できる?と考えてしまう姥桜組)でした。
ではまた。

<今回のメインインク>
Pent〈ペント〉 ボトルインク 彩時記 春~spring~ 桜(さくら)
Pent〈ペント〉 ボトルインク 彩時記 春~spring~ 麗春(ひめけし)
Pent〈ペント〉 ボトルインク コトバノイロ 春琴抄(しゅんきんしょう)
タチカワ ミリペン ファインポイントシステム 油性 0.05mm

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この記事を書いた人

朝比奈斎
朝比奈斎
憧れの高級文具から教室に忘れ去られた名もなき消しゴムに至るまですべての文具を偏愛する者。
文字は下書き無し・肉付け塗り無しの一発書き。
文具・画材・多肉愛好家として雑貨店「SHOP511」にて多肉植物の育成販売と文具雑貨諸事の販売に携わる。好きな言葉は「玉石混淆」

Twitter:@asahinaitsuku
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