どんなベテランでも必ず出会う人生で初めての万年筆には、きっと特別の思いがあると思う。
長野へ旅したときに立ち寄った万年筆屋さんでのエピソード。
ここは長野へ行くといつも必ず訊ねていくお店だ。
先代だったご主人が亡くなられた後、奥さんがひとりで守っているこのお店には根強いファンが多く、休日には遠く関東圏からも通う常連客がいるほどの人気を誇る。
この日も近所の文具店に立ち寄るような普段着さでお店を訊ねると、奥さんがいつもの笑顔で迎えてくれた。
奥さんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、とりとめのない雑談をしていると、ひとりの少年が店へやってきた。
「すいません、パイロットのカタログを見せてください」
真剣なまなざしでページをめくる少年に「きょうは何を探しているの?」と奥さん。
聞くと誕生日のお祝いに父親から万年筆を買ってもらえる事になり、今日はその下調べに来たのだそうだ。
まだ中学生の彼には万年筆を愛用する祖母がいて、その影響で興味を持ち、今では雑誌「趣味の文具箱」で紹介される限定万年筆の記事を読むのが楽しみという、文具業界にとってとても頼もしい少年だ。
最初の1本には価格的にも手頃なパイロットのカスタム74にターゲットを絞ってお店にやってきた。
カスタム74はボクも愛用する1本で、「趣味の文具箱vol.42」の隠れた名品特集で紹介記事を書かせてもらった事があるひときわ思い入れのある万年筆だった。
そんな事情を知っている奥さんから「カスタム74の良さを教えてあげて」と頼まれて、ボクなりの解釈でこの万年筆の魅力を話してみた。
カスタム74の魅力
オーソドックスなデザインは流行に左右されない上に、飽きの来ないシルエットは誰が見てもひと目で万年筆だとわかる。
ペン先は14金で書く事にストレスを感じさせない柔らかい書き味は、鉛筆ともボールペンとも違う万年筆独特の筆記体験ができる。
インク交換はカートリッジ式を採用し手を汚すことがないうえ、インクが入手しやすいといった点はカタログには載っていないメリットのひとつに挙げられる。
なによりボク自身が体験から得た1番の魅力は、胴軸を落として割ってしまった時に、修理・部品交換がスムーズにできたという安心感がこの万年筆にある。
1992年に発売されて以来、ずっとロングセラーの万年筆として多くの人に愛され続けている理由はそんなところにあるといってもよい。
また、カスタム74には極細から極太まで実に11種類のペン先が用意されている、使う人のさまざまなニーズに応えることができる万年筆でもある。
「ペン先(太さ)を選ぶなら、普段使っているノートを持ってきてその罫に合った書きやすいモノを選ぶと良いよ」と助言した。
高価な万年筆を最初から選択するのも良いかも知れないが、カスタム74を使いこなした後、さらに上の万年筆を購入すればその良さをより実感できるからと最後に付け加えた。
さて、その後少年がどのペン先を選んだのかをボクは知らない。
父親から買ってもらった初めての万年筆として、思い出と一緒に末永く彼の人生を共に歩んでくれる、そんな1本であってほしいと願う。
<記事に登場する万年筆>
パイロット 万年筆 カスタム74 ブラック
この記事を書いた人
-
文具ライター、システム手帳から綴じノートまで複数の手帳を使い分ける、手帳歴40年のマルチユーザー。
「趣味の文具箱」「ジブン手帳公式ガイドブック」などの文具雑誌や書籍をはじめ、旅行ライターとしても執筆活動を行い、文具と旅の親和性を追い求める事をライフワークとしている。
最新の投稿
- 2024年11月14日文具、徒然旅日記東京インターナショナルペンショー
- 2024年10月10日文具、徒然旅日記いつかは作りたい旅ノートのためのエフェメラの集め方
- 2024年9月12日文具、徒然旅日記大容量インクの万年筆、TWSBI VAC700Rの魅力
- 2024年8月21日文具、徒然旅日記東京文具の展示会レポート