玉石参房 第三十四房 霜月―「初戀」―甘美と苦悩―「老獪な偽善者」のしあわせは。
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玉石参房 第三十四房 霜月―「初戀」―甘美と苦悩―「老獪な偽善者」のしあわせは。

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用紙:SAKAEテクニカルペーパー・イロフル
ガラスペン:寺西化学工業・ギター・オーロラロングキャップ付きジェリーレッド


自分では一途なつもりでも、
他人から見れば、そうは思えないことは世の常。
ロマンチストなクズ、は今も昔も残念ながら存在します。

初っ端から塩対応ですが、

女学校初任からたった2年の間に、教え子への一方的な愛をこじらせ、
結局その女生徒からの告白を受けてもなにも言えず、できず、
その煩悶を別の年上女性との関係でごまかし、

基督教棄教&退職&ほとぼりさめて復職、
想い人・女生徒の病死、友人・北村透谷の自殺、実兄の不正疑惑と収監、

を経て翌年『若菜集』で、
理想の女性像をあれやこれやモデルも絡ませ妄想詩、

妻の病死後に姪との関係バレると、責任取らず姪と私生児を置いて
フランス逃避渡航という激動の「愛(?)」の人、

親友だった柳田国男を何度も失望させ&堪忍袋を切れさせて絶縁され、
芥川龍之介からは「老獪な偽善者」と皮肉られ、
せっかく漱石から褒められた諸作も実は海外文学のパクリ、
「椰子の実」もパクリ、な田舎神童で高い鼻が折れまくった作家、

島崎藤村の「初戀」イメージインクのお色見本を朝比奈斎が作ります!
どうぞよしなに。(「…大丈夫かしら…」byエズメ・ヤングfromソーイング・ビー)

過去の記事にて島崎藤村の超大作「夜明け前」をとりあげました。
諸々の女性問題、実父の狂死&獄死を経て、ふわふわ浪漫主義から、
社会に一石を投じる自然主義文学の大成となった作品です。

自然主義と銘打ちながら、社会問題への主題昇華もない、
単なる暴露私小説がはびこった明治後期、
世間がゴシップ好奇目線でそれに群がった反動で、

当時の作家連からは
「なんでも告白すればいいってもんじゃァない」と
冷ややかな嘲笑を得てしまった自然主義文学。

世の中の階層不条理、虐げられる弱者へのフォーカスは、
後年の藤村の、高い筆力によって、ようやく「自然主義」として完成し、
それは次の世代のプロレタリア文学に繋がっていきます。
そんなゴリッゴリの重低音主題を書く前は、

美しいものへの回顧、あこがれを
きれいなことばつづりで著し、
藤村の詩作は女学生、女性を中心に爆発的にもてはやされておりました。

「初戀」が収められている『若菜集』は
愛した教え子病死の翌年。いろいろあって疲弊したでしょう。
その後の人生でも、もっといろいろありますが、

うちのめされた藤村自身が、
うつくしいもの・言葉への感性を拠り所とすることによって
ある意味、救われているのかもしれません。

※※※

作家の略歴は作品読み込みには不可欠ながら、
そのような暗部があるからこそ、作品がひときわ輝き
人の心を惹きつけることもあります。

誰もがもつ普遍的な回顧、
はじめて人をすきになるあの体験をイメージした今回のお色。
心和むうつくしい発色です。


落ち着いた雰囲気の濃いピンクは林檎の果皮のよう。
そして加水してあらわれる淡いピンクや黄味は、
林檎の白い花の蕾のときと蕊の色。
かぐわしい香りや酸味と甘みの、さわやかな味覚まで連想されます。

過去、当コラムでも取り上げた他のピンク系インクと比べてみましょう。
PINK!PINK!PINK!


「初戀」インクにて、檀(マユミ)実、
真珠の木(園芸名ハッピーベリー)の実と
ハツユキカズラのPINKな紅葉を
キャップ付きが便利な美しい色合い軸のガラスペンで。
(しかもこのガラスペンは軽量で書きやすい!)


以前にもにじんでしまう紙について取り上げ、
その際はインクに増粘剤を足す方法をお伝えしました。
今回は紙の加工です。


かなしみ。上部はインク、下部は書道液。
にじむ紙には書道液が有効ですが、
にじむことなく、インクで書きたいですよね。
そんなときには!

紙にオイルをしみこませる。

油紙作成でございます。
使うオイルは画材用のリンシードオイルでもお手持ちのものをなんでも。
今回はベビーオイルをしみこませました。
両手にオイルを広げ、紙を手で挟んでなでる。
生粋の「いらち」なわたくしには、この方法が一番早かったです。

そうすると、ぺらっぺらの安価な薄いにじむ紙が、
半透明な透写紙(トレーシングペーパー)のように変化!


↑先ほどの試し書きに乗せると、はかなげな透け感。
これでもかとベッタベタにひたった油紙は、
上下に同じ紙複数ではさみ、余分なオイルをとります。

重石をのせて幾日か放置、あるいは紙に挟んでバレンで擦っても。
「紙表面をさわっても指に油分がつかない状態になるまで」が目安。

上から万年筆インクで書いてもにじまない!
透写紙を買うかわりに、油を。
自己責任で。

(蝋引きも大好きな工程ですが、
蝋を削る・溶かす・しみ込ませる、が意外と面倒。
アイロンは小さいお子やペットのいる環境ではなるべく使用したくないので、
今回は油引きに。

大昔、各種ジェッソや化粧クリーム類、
樹脂(レジン←手袋必須)類でやってみましたが
オイル類ほどうまくいきませんでした)

空隙率が高く密度の低いスカスカの紙だと
オイル化しても文字がにじむ場合があります。
そのときは以前の記事でご紹介のように、インクに増粘剤を足してください。
インクに混ぜ物をするときは、使う分のインクを別皿にとってからね!

このオイルシートに、
『若菜集』より「雲のゆくへ」を万年筆にて。


用紙:自作オイルシート(廉価コピー用紙)
万年筆:AURORA・カレイドスコーピオ・ルーチェローザ


秋海棠(シュウカイドウ)の花の色に、「初戀」インクはぴったりでした。


用紙:山本紙業・梅田和紙・かみふぶき
つけペン:立川ピン製作所・タチカワプレミアムセットGペン
併用書道液:呉竹・書芸呉竹


繊細な和紙です。でもにじみません。便利!
表面に微塗工されているので、インク類はほどよくゆっくり吸水されます。
和紙にひっかかりやすいGペンも、
ペン先接地角度と筆記速度をかえれば無問題!

紙をいたわるように、ゆっくりと。
いつもお伝えしていることですが、
和紙や画用紙など繊維が長い用紙の場合はとくに気を付けています。


万年筆:Pent・大西製作所・Symphony麗らかな心の風景
PILOT・CUSTOM823FA・フォルカン
プラチナ万年筆・3776センチュリー・シャルトルブルーBB・極太字


Gペン大丈夫なら、ガラスペンも万年筆も大丈夫!!
引っ掛かりもなく、スルスル書けます。
細かく切った色とりどりの越前民芸紙が漉き込んであるので
ランダムな模様がとても可愛い。

X掲載作品より、桜間中庸の「鴎と月」を。


使用インク:Pent・コトバノイロ・砂の女
     呉竹・InkCafe・アールヌーヴォーカラーインク・マホガニーブラウン


※※※

「初恋」題材の海外作品も。
まずは、ツルゲーネフ「初恋」より。
自作オイルシートに、Gペンで。


用紙:自作オイルペーパー
Gペン:立川ピン製作所・タチカワGペン
軸:くらふと鈴来(りんくる)
併用インク:呉竹・InkCafe明治のいろ・葡萄茶


明治文学界に影響多大なツルゲーネフ。
二葉亭四迷が「あひびき」を翻訳してから、
一気に自然主義文学、ロシア文学の熱が高まります。
二葉亭四迷推しの藤村も、もれなく愛読。

体が蕩けるような女性への甘い恋心、
はかなく打ち砕かれる驚きの事実と、
それをふりかえる人生観など、深いまなざしが魅力的な作品です。

そしてもうひと作品は、亡命ロシア人の作品。
ナボコフの「初恋」より。


万年筆:PILOT・CUSTOM823FA・フォルカン
併用インク:Pent・コトバノイロ・雨ニモマケズ


ナボコフといえば有名な作品は数多くある中、
異彩を放つ私小説「ロリータ」。
単語のイメージが一人歩きしがちですが、
文章表現の深さに心惹かれます。

ナボコフ、藤村の性癖にも共通項がありそうですが、
ロシア亡命作家としてロシア文学を外から見る視点、批評、
ツルゲーネフやドストエフスキー論、講義内容もふまえ、
作品の幅広さも興味深い作家です。

この3人の「初恋」題材、ともに高揚感、多幸感、
そして散った過去をふりかえる、林檎のような甘酸っぱい感傷が、
国と時代を越えて普遍的に共通するところが面白いです。

(どこでもいつでも生物学的にも、
人の社会性がひろがりはじめる普遍的な瞬間、「初恋」)

ツルゲーネフ、ナボコフ、島崎藤村、
そして堀口大學の4人を絡めた私見は、
いずれまたどこかで。

多幸感のPINK、「初戀」インクの色幅の広さを活かして、
前述のインク染め用紙を使って今回は来月の多幸感の準備を。
サイレントでホーリーな夜のために。
林檎はキリスト教においてもとても重要な象徴。

当コラム「玉石参房」はじめ、当方SNS掲載作品含め、 浮き出る図案+インク塗りを、大昔より多々ご紹介してまいりました。 (マスキングインクやアクアリップ、 エンボスパウダーやクレヨンなどによる バチック技法)


先ほど、バチック技法可能なスタンプインクを手に入れましたので、
林檎オーナメントとあわせて次号年末記事にご紹介続く!!ます!!
鈴の音、高らかに予告!ます!

色にいざなわれて開ける扉の向こうにひろがる、
「初戀」の世界。
インクの楽しみの入り口となれば幸いです。

Thanks Giving Day終わればさらにフルスロットルな秋の釣瓶落とし!「一年の計」とか言ってた記事はついこないだでは?と、毎度この時期に戦慄な朝比奈斎(年々早まる光陰矢の如し体感が一番のホラー。無声悲鳴)でした。
ではまた。

<今回のメインインク>
Pent〈ペント〉ボトルインク コトバノイロ 初恋(はつこい)

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この記事を書いた人

朝比奈斎
朝比奈斎
憧れの高級文具から教室に忘れ去られた名もなき消しゴムに至るまですべての文具を偏愛する者。
文字は下書き無し・肉付け塗り無しの一発書き。
文具・画材・多肉愛好家として雑貨店「SHOP511」にて多肉植物の育成販売と文具雑貨諸事の販売に携わる。好きな言葉は「玉石混淆」

Twitter:@asahinaitsuku
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