お盆を過ぎると、幾分空気が少しだけ和らぐ気がする。
しかし、それはあくまでも気持ちの問題で実際は9月に入っても日差しは強いし、空気も生ぬるく、残暑が厳しい毎日が続いている。
それでも、9月に入ると、せめて身の回りの物だけでも秋仕様にしたいという気持ちも出てくる人もいるのではないだろうか。
近年、これはぼくも感じることだが、春と秋が昔に比べて短くなった気がする。
どういうことかというと、暑い日がやっと落ち着いたと思ったら、突然寒い日が続き、いつのまにか冬に突入という年が増えてきた感じがするのだ。
それは春も同じで、やっとあったかくなったと思ったら、それを通り越してすぐに暑くなる。
だから、せっかく春や秋を楽しもうと思っても、うかうかしていると、そういう季節を味わう間もなく、次の季節が始まっている感じがするのである。
今年も何となく、そんな予感がしないでもないが、だからこそ、今からその短くなるかもしれない秋の準備をしておきたいと思うのだ。
そして、やはり万年筆好きの人たちは手元のインクから季節を味わいたいと思っている人が多いと思うので、そんな人たちに、この秋お勧めのインクを集めてみた。
秋の木々の葉を思わせるオレンジ系インク
「秋」と聞いて真っ先に思い浮かべるインクはやはりオレンジや黄色といったインクだろう。日本の自然や四季の移ろいを意識したセーラーやPENTからはそんなインクが多数出ている。
SAILORの四季織の「金木犀」はまさにあの秋になると木々に小さな花を咲かせる金木犀のような鮮やかでジューシーなオレンジ色だ。
同じオレンジ系でも、PENTの彩時記のオレンジはまた一味違った印象を与える。
「秋景」は明るくてクリアな秋の空気感が漂うオンレジ色、一方「秋麗」はもっと落ち着いたトーンで、オレンジ色というよりも、薄いピンクに近いオレンジで、柔らかい秋の日差しを感じる。
そして、もう一色の「琥珀月」は秋の夜にぽっかりと浮かぶ美しい月のような淡い黄色寄りのオレンジ色といったところだろうか。3色とも似たような色味なのに、それぞれにきちんと名前にふさわしい空気を持っているところがこのシリーズのすごいところだと思う。
落ち葉や紅葉のような赤色系インク
オレンジだけではなく、赤系のインクもまた秋の紅葉を思わせる。
例えばPILOTの色彩雫シリーズの「紅葉」はまさにその名の通り色づいたもみじの葉のような色だ。
一方「秋桜」はもっと柔らかいピンク系で、これもコスモスの花の可憐な姿を彷彿とさせる。
SAILORの四季織シリーズの「奥山」は紅葉で染まった山そのものを思い浮かべてしまうような色で、これまた秋にぴったりの色なのではないだろうか。
渋めの茶系インク
秋のイメージカラーはその他にもいろいろあるが、いずれにせよ、明るい色よりも、渋めの色の方が多い気がする。特に茶色系は他の例えばオレンジ系や赤系インクとも相性が良いので、秋になると自然と出番が多くなりそうだ。
PENTの彩時記の「月鈴子」とは、鈴虫の別名なのだが、この濃いめの茶色はまさにそんな鈴虫にぴったりの色だ。文字を書いていると、どこからともなく鈴虫の鳴き声が聞こえてきそう。
PILOTの色彩雫の「山栗」はもう少し柔らかい感じの焦げ茶色。栗も秋の味覚として知られているので、これもまた秋に使ってみたいインクだと思う。
同じく色彩雫の「稲穂」は茶色というよりも、少し緑の入った茶色といった方が良いだろう。まさに稲がたわわに実ったような色で、ほっと一息つきたいような時に使ってみたいインクだ。
番外編の秋の色
秋の色というのは、実はとても多彩で、秋のカテゴリーの名前のついたインクは他にもいろいろとある。
例えば、PENT「葡萄」は「えびぞめ」と読ませるのだが、これもまた秋の味覚を代表する葡萄をモチーフにしている。ジューシーで甘くて少しだけすっぱい葡萄のイメージがこのインクから伝わってきて、書いているとそれだけで口の中が葡萄の香りで満たされる気がしてくる。
SAILORの「山鳥」も秋のカテゴリーなのだが、実際の山鳥というのは、赤みがかった色なので、おそらくこれはあくまでも秋の山で鳴いている鳥のイメージなのではないかと思う。色そのものは、青緑系のインクで、ぼくも含めて好きな人は多そうだ。
同じくSAILORの「仲秋」もその名の通り秋のインク。少し紫がかったグレーなのだが、秋の長雨の時の空を彷彿とさせるような落ち着いた美しい色だ。
四季織の中で各季節の月をイメージした「月夜の水面」というシリーズの秋の色は「夜長」だ。こちらはとても渋い濃紺色といったところだろうか。ひっそりとした静かな秋の夜を思わせる。前述のPENT彩時記の「月鈴子」とセットで使ってみるのも良いかもしれない。
サファイアの9月の夕空
9月の誕生石はサファイア。だからぼくはサファイア色も秋の色だと思っている。そして、「サファイア」と名のついたインクって実は結構たくさん出ているのだ。
まず有名なところではペリカンの宝石シリーズEdelstein(エーデルシュタイン)の「SAPPIRE」だ。ロイヤルブルーに近い、少し赤みの入った明るめの紺色といったところだろうか。
同じく宝石シリーズとしてMONTEVERDEが出している「Sapphire」はもっと濃いめで赤みの少ない紺色。
ラベルにもサファイアの宝石の絵が描かれているエルバンの「サファイアブルー」はもっと明るめで、こちらは前述のエーデルシュタインに少し感じが似ている。
DIAMINEからも「Sapphire Blue」という名前のインクが出ているが、こちらはほんの少し濃いめなので、MONTEVERDEとJ.HERBINの中間ぐらいの濃さといったところだろうか。
まだ残暑が厳しい日が続いているので、秋なんてまだまだ先だと思っている人もいるかもしれないが、今年もひょっとしたらすぐに寒い日々が始まり、気づいたら冬に差し掛かっていた、となる可能性もあるので、秋を味わいたいと思っている人は今から準備をしておこう。
<この記事に登場する万年筆インク>
・Pent〈ペント〉 ボトルインク 彩時記<秋景(しゅうけい)/秋麗(しゅうれい)/琥珀月(こはくづき)/月鈴子(げつれいし)/葡萄(えびぞめ)>
・セーラー万年筆四季織 万年筆用ボトルインク 十六夜の夢<金木犀/奥山/山鳥/仲秋>
・セーラー万年筆四季織 万年筆用ボトルインク 月夜の水面<夜焚>
・パイロット ボトルインク 色彩雫(いろしずく)<紅葉/秋桜/山栗/稲穂>
・ペリカン エーデルシュタイン・インク<サファイア(ブルー)>
・モンテベルデ ミニボトルインク ジェムストーン<サファイア>
・エルバン ボトルインク トラディショナルインク<サファイアブルー>
・ダイアミン ボトルインク 万年筆用水性染料インク<Sapphire Blue>
この記事を書いた人
- 文具ライター、山田詠美研究家。雑誌『趣味の文具箱』にてインクのコラムを連載中。好きになるととことん追求しないと気が済まない性格。これまでに集めたインクは2000色を超える(2018年10月現在)。インクや万年筆の他に、香水、マステ、手ぬぐいなどにも興味がある。最近は落語、文楽、歌舞伎などの古典芸能にもはまりつつある。
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