玉石参房 第三十五房 師走―「陰翳礼讃」―物と物のあいだ―
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玉石参房 第三十五房 師走―「陰翳礼讃」―物と物のあいだ―

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用紙:SAKAEテクニカルペーパー・イロフル
万年筆:工房住之江・マザーオブパール・ブラックシェルホワイトシェル


※今回の画像は「陰翳礼讃」に寄せて少々暗めに一部撮影しております。

コトバノイロのインクシリーズで、かねてより開発希望を念じていた個人的に大好きな作品、
谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」イメージインクのお色見本と、
新商品のアレでいろいろと朝比奈斎が作ります。
どうぞよしなに。

日本の名著「陰翳礼讃」。
教科書にも掲載されているので、国語の授業で目にした人も多いでしょう。
海外からも「この随筆の文章こそ美術品のよう」と大絶賛。

闇と仄暗い明るさがテーマ。
しっかりした黒から淡いグレーまで千変万化なお色です。
濃い闇色は色本体の主張もさることながら、

あわせる他の色や紙の素材などを綺麗に引き立てる役目も。
主役にも脇役にも両方秀逸な名プレイヤー。


「陰翳礼讃」の闇と光がテーマなので、
今回は紙の凹凸やインクの白抜き表現についてお伝えします。
以前の記事や、当方のSNSでも「白抜き」について何度か載せておりますが、

インク(水分)をはじくバチック技法では、

マスキングインクやエンボスパウダー使用のスタンプ、
クレヨン・アクリル絵の具など耐水性のある画材、
アクアリップなどの特殊形状耐水インクペンなどがあります。

もう一つは、先に塗ったインクをあとから脱色する方法。
インキ消しや漂白剤を使って水性インクの色を抜いて白い部分を作ります。
(小さなお子様やペットの為にも取り扱いと換気に、ご注意)

さて、バチック技法・インクはじく材料のひとつとして
新発売のウキデル(シヤチハタ)を使ってみました。
ふつうに、スタンプとしてはのちほど。

エンボスした紙の膨らんだ部分にウキデルをポンポンと軽く押し当てて
充分に乾かし、水性インクをのせてみます。(画像1・2)

図柄によってはアクリル系の耐水ペンで下塗りもしておきます。
(画像3)


バチック技法補助:シヤチハタ・ウキデル


さて、ウキデルのスタンプパッドを初めて使う時、
どのくらいウキデルインクをつければいいか悩みどころ。
当方は初回、かなりベッタベタにつけてしまいました(画像1内・左上)


そこで、そのまま付け足さずに16回連続で捺していきました。
上段左右、下段左右の順番で、紙面ナンバリングのとおりです。
軽くつけるだけでも、線が結構くっきりと出ます。面白い!

水性ペン・万年筆インク(「陰翳礼讃」)の薄め・濃いめ、
分離色がはげしくでる透明水彩絵の具をつかって塗ってみました。
濃いめインクのときは最初うもれてしまい、ぎょっとしましたが(画像2)

しばし待つと線がすこし浮かび上がるので、それを目安に
ティシュを丸めてそっとおしあて、余分なインクを吸い取りましたら、
綺麗にウキデルできました!(画像3)淡い色にもバッチリ!

ただし、紙によってはあまり浮き出ないことも(画像4)
目の粗い、水分の吸収が速い、万年筆インクがにじむような紙は
ウキデルインクを吸い込み過ぎてうまくいかない時もあります。

紙選びのポイントは、「塗工紙&微塗工紙」。
インクが残りやすい、乾きがゆっくり遅めの用紙、
紙面を触ってみて、つるっと感じられる紙は相性が良いです。

ウキデルをつかってのスタンプを透写紙(トレーシングペーパー)に。


透写紙にそのままスタンプするだけで、白いインクが映えます。
下に「陰翳礼讃」インクを塗った紙を敷いてみるとさらにくっきり可愛い。

スタンプした透写紙に裏から光をあててみます。
白いスタンプ面が鈍色になって、表情がガラリとかわるのも面白い。
(まだ上から万年筆インクを塗っていません)


使用インク:Pent・コトバノイロ「砂の女」Pen-house blue
用紙:透写紙(トレーシングペーパー)40g/㎡


インク塗りました。
コトバノイロ「砂の女」を
水でたっぷり薄めて淡い黄色に。

PentオリジナルインクのPen-house blueも
たっぷり薄めて別の透写紙に。
(この青色インクは薄めると、
儚げなピンクや藤色が綺麗にでるのです紙によっては)

色の違う2枚を重ねて下から光をあてると、
おぼろげなセロファンのように、黄+青でグリーンに。

ウキデルの部分は、「砂の女」インクをのせたままにすると、
金色のような色味になりました。(画像3)


黄色部分を湿らせたティシュで優しくぬぐうと、
かわいらしい白部分が。

薄い透写紙に水気を含ませると、
ちりちりふんわりとした皺加工が自然にでます。
この皺加工透写紙の応用編を、また次の機会にご紹介しますね。

※※※※

推しについておおいに語りたい場合と、
語らず黙、と推しの世界にただただ浸る場合。
わたくし個人的に、前者は夏目漱石、後者は谷崎潤一郎です。

とはいえ過去に「春琴抄」インクのご紹介時に滔々と語りましたので、
今回の「陰翳礼讃」の内容はいわずもがなゆえに、
使用筆記具や絵画題材について少々。(…「少々」、ほんとに?)

アクアリップは乾くとインクが少し盛り上がり、
ゼラチンを固めたような特殊インクの耐水ペン。
全天候型に強い宛名書きとして重宝するので、
発売以来、大昔からのヘビーユーザーです。

アクアリップのクリア(透明色)は、バチック技法として
過去の玉石参房にも紹介しましたので、今回はブラックを。

ゆっくり書くと均一な線に、緩急つければ
はねやはらいも綺麗に出て、
筆文字のようにも変化します。(次回さらにご紹介予定)

わたくしも重度の紙好きですので、
琴線に触れたこの部分を書きました。


用紙:SAKAEテクニカルペーパー・イロフル
Gペン:立川ピン製作所・タチカワGペン特上品
作者作品名および枠部分併用ペン:株式会社サクラクレパス・ボールサイン・アクアリップ・グロスブラック(旧)


「陰翳礼讃」で仄暗い明るさ・闇との調和が何度もでてきます。
そこで欠かせないのは、燭台の灯りですが、
そのおおもとになる和蝋燭を描きました。

和蝋燭の太い芯の周囲には融点低い温度の蝋をまとわせ、
外側には融点高い蝋を付けていくことで、
溶けた蝋はつねに芯周りにたまり、

外側には蝋の液体が漏れ垂れないとのこと。
そこが、たらたらと外側に垂れ落ちる洋蝋燭との違いのひとつ。

また本文内には燭台の灯りの揺らぎによる空間の美にも明言していますが、
和蝋燭の炎の揺らぎは、その速度がメトロノームでいえば218BPM、
かなり激しく上下にゆらぎます。

そうすると室内を照らす灯りの揺らぎは、
蝋燭のむき出しでは目が疲れやすく、

行燈として和紙を周囲に仕切ることで、
やわらかな揺らぎとなるわけです。

そこに照らされる漆や室内のしつらえの一部、
大部分は闇に溶けるさまの美しさが
まさに日本の美。


万年筆:工房住之江・マザーオブパール・ブラックシェルホワイトシェル
用紙:SAKAEテクニカルペーパー・イロフル


陰翳による反射のうつくしさといえば、貝のきらめき。
マザーオブパールの軸の美しさは、明るい光のもとでは勿論、
「陰翳礼讃」の世界観にもぴったりです。
「物と物のあいだの美」を読むたびに、
物と物を結ぶ人間の感性と人知を超える空間の美意識に感嘆し、

「そういえば天国も人と人の間にあるのだ、ってあったな…」と
個人的に連想。(ルカ17:20~21)

「陰翳礼讃」インクを使用したX掲載の作品。
濃い闇色から仄暗い光まで表現できるインクの色。
太字も細字もそれぞれの魅力があり、書いていてとてもたのしいです。


※※※※

今年もクリスマスの時期。
前月ご紹介した「初戀」インク使用染紙のペーパークラフトを使って
今回はクリスマス気分の仕上げです。


ウキデルを使った雪柄のスタンプを輪に捺してリース様式に。
前回使用した「初戀」インクの染紙を使って立体林檎を。

キリスト教にとってリンゴの実は原罪と希望の象徴。
クリスマスリースの起源によると、リンゴの実を使うのは
たくさん実って長持ちするという観点から
「永遠の命」「豊穣」の願いもこめられています。

白い雪玉クリスマスオーナメントは、
お弁当用アルミカップに挟まっている丸くて白い補助紙(薄葉紙)で。

ツリーに下げたり、北欧系の動物人形とともに大小何個か並べても可愛い!
置物を和風にすれば年始にも。(この続きは次号!)

※※※※

冒頭のウキデルインク紹介時の
アクリルインクペンで先に色付けしたツリーのエンボス紙

空はステッドラーのテキストサーファーゲルでふんわり絵本風に。
クレヨン式の蛍光マーカーなので、塗り心地もやさしく、
指でぼかすこともできます。

木の部分にはコトバノイロ「雨ニモマケズ」を塗って
ウキデルインクパッドで捺しあてた雪の部分をうきだたせ、

先塗りしたピンクや黄色のオーナメント部分は、
漂白脱色で重なっていた緑インクを消します。
(水性部分のみ漂白できるので下塗りした耐水色は残る)


用紙:富国紙業・ダンデレードCoC
併用画材:ステッドラー・テキストサーファーゲル
     Arrtx・アクリリックマーカーセット
     シヤチハタ・ウキデル
併用インク:Pent・コトバノイロ「雨ニモマケズ」


昼のクリスマスツリーの裏も、
エンボスの裏側として模様の凹凸があるので、
「陰翳礼讃」インクと、

ウキデル・漂白剤の脱色併用で
夜のクリスマスツリーを。

表側で塗った緑色のインクがところどころ染みて、
夜色のインクとあわせると仄暗く調和します。


表と裏、昼夜ふたつの顔のクリスマスツリー。

色にいざなわれて開ける扉の向こうにひろがる、
「陰翳礼讃」」の世界。
インクの楽しみの入り口となれば幸いです。

あったらいいのに!と(あと9年で100年前に)つぶやいた谷崎潤一郎先生へ。

筆ペンも青以外の色とりどりな万年筆インクも、
さわっても熱くないLED電球も部屋の壁に邪魔にならぬエアコンも、
和式水洗便器も、お尻洗える洋便器もできましたよ。

電線も電車も地下に、飛行機の多様性のみならず個人で使える小さな飛行物体、
電話や映像機器その他機械類、人間代行の諸ロボット群、

ミクロな世界を現実化する手術技術、不治の病を治す薬学進歩は
ご覧になったら吃驚なさるでしょうか。

あまたの情報が玉石混淆な魔法的道具はじめ、日本の技術進化スピードは
乗り物のスピードも相まって、今では宇宙にも行けるほどだし、

いつも、さらに、渦巻の中心に吸い込まれる如く加速しています。
そしてあいかわらず、世界はいつもどこかで戦争中です。

夏目漱石先生と羊羹談義で盛り上がりながら、
この世の様子に感嘆したり、眉を顰めたりのおふたりの表情、

を暗がりの湯船でちょっと想像している朝比奈斎(湯船で文学諸作品の音声朗読版を聴く日々。「陰翳礼讃」は最終文の読み方に惚れる。朗読・野口晃版)でした。ではまた。よいお年を。

<今回のメインインク>
Pent〈ペント〉ボトルインク コトバノイロ 陰翳礼讃(いんえいらいさん)

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この記事を書いた人

朝比奈斎
朝比奈斎
憧れの高級文具から教室に忘れ去られた名もなき消しゴムに至るまですべての文具を偏愛する者。
文字は下書き無し・肉付け塗り無しの一発書き。
文具・画材・多肉愛好家として雑貨店「SHOP511」にて多肉植物の育成販売と文具雑貨諸事の販売に携わる。好きな言葉は「玉石混淆」

Twitter:@asahinaitsuku
Instagram:@asahinaitsuku