玉石参房 第三十三房 神無月―「砂の女」―レーゾンデートル(存在意義)と選択の自由―
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玉石参房 第三十三房 神無月―「砂の女」―レーゾンデートル(存在意義)と選択の自由―

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用紙:大和出版印刷・Liscio1・リスシオ1
つけペン:立川ピン製作所・さじペン600ニューム


朝目覚めると虫になっていた、という有名な冒頭の、
フランツ・カフカの「変身」。
(1915年初出・1952年日本語訳初出)

アルベール・カミュ「異邦人」
(1942年初出・1951年日本語訳初出)なども併せて、

1950年代には不条理フィクション文学が、
1960年代には不条理演劇が日本で大流行。

世界恐慌や各国での内乱(日本では2.26事件~)、世界大戦など、
人の心をえぐるようなことが起こると、

人々の価値観は、それまでとがらりと変わり、
厭世感や虚無感が人々を包み、
ナンセンス・不条理ものが流行る傾向があります。

今回は、そのような時代背景のなかで文学と演劇に情熱を注ぎ、
「もう少し長命であればノーベル文学賞は間違いなしだった」と
選考委員に言わしめたカフカ強火担作家、

安部公房(今年で生誕100年)の作品、
「砂の女」のイメージインクを中心に
朝比奈斎がお色見本を作ります。
どうぞよしなに。

まさに秋色の深め黄色。
紙に伸ばすとこっくりした秋の葉色から、
明るくやわらかな秋の日差しのような加水黄色の発色


秋といえば「ノーベル賞」も漸く季語になりそうな昨今ですが、
日本の秋を彩る紅葉や、色と香りで秋をあらわす金木犀に
わたくしたちは心を揺さぶられます。


用紙:大和出版印刷・Liscio1・リスシオ1
つけペン:立川ピン製作所・さじペン600ニューム


花を描いた上記の、同じ用紙で、
紙の繊維を強調した塗り方に変えて種々の葉の秋色を。


用紙:大和出版印刷・Liscio1・リスシオ1
つけペン:立川ピン製作所・さじペン600ニューム
併用インク:Pent・コトバノイロ「雨ニモマケズ」「金閣寺
Pent:彩時記「秋麗」


一面砂の世界という不条理な状況設定の「砂の女」。
とっつきにくそうな特異小説のようにみえますが、

比較的簡単な言葉づかい、
多岐にわたる比喩表現、
心情こまやかな観察描写、

異常で強制的な「一面の砂の中での生活」という
特殊舞台装置のなかにも拘らず、

時代をこえて世界中のだれもが、
自分自身の体験と照らし合わせて思考と感情を震わせられ、
ぐいぐいと物語に引き込まれていきます。

函入り単行本(1962年)の表に書かれた安部公房の言葉を。


用紙:大和出版印刷・Liscio1・リスシオ1
つけペン:立川ピン製作所・タチカワプレミアムセットGペン


この「二つの自由」の対極の間で主人公の考えが、
物語がすすむにつれてどんどん変わっていくと同時に、

考えの果てに出てくる数々の選択と実行、
トライ&エラーを繰り返すうちに、

「いままでの生き方とは?」
「これから為すべきことは?」

と己の存在意義という命題が、
大きなうねりのように
主人公をとおして読者に問いかけ続けます。


用紙:大和出版印刷・Liscio1・リスシオ1
つけペン:ブラウゼ・オーナメンタルニブ
併用インク:Pent・コトバノイロ「雨ニモマケズ」


ほぼ変化がみられない「砂の世界」という舞台のなかで、
それでも小さな変化を見つけ出し、
主人公の内面がどんどん深掘りされていく。

ラストにむかって渦を巻くような求心力のある物語。

劇作家・安部公房の類いまれな構成力や可視表現力のなかで、
まるで自分もそこにいるような砂の感触が
まざまざと感じられます。
勢いのある文章によって読者の想像力が鍛えられていきます。

頁ごとに投げかけられるさまざまなことば。
人生経験を踏まえた大人の力量が試される、
非常に魅力的な作品です。

安部公房本人による脚本で、1964年には映画版も公開。
女優・岸田今日子の怪演がすさまじくて素敵です。

※※※※

こっくり飴色から鮮やかな黄金色のゆたかな表現が
このインクの醍醐味。
(X掲載作品)


用紙:三善トモエリバー
Gペン:ZEBRA・チタンGペンPRO


あまたの写真好事家が好む「月と岐阜城」。
2024年10月は紫金山・アトラス彗星が大接近したことも
今年ならではの吉報でした。(次の接近は8万年後)

冒頭のインク塗り用紙を乾燥後に揉みこんで皺加工をほどこし、
月と彗星と岐阜城を。


色にいざなわれて開ける扉の向こうにひろがる、
「砂の女」の世界。
インクの楽しみの入り口となれば幸いです。

五感ゆたかに感じられる秋の彩り。
2024年は韓江氏のノーベル文学賞受賞や
巨大彗星などの大きなニュースとともに、

金木犀の香りや徐々に秋色になる樹々、
味覚よろこぶ秋の味など日常のちいさな歓びは
今年もちゃんと秋がきた、と知る、
ささやかなしあわせです。
秋空高らかに舌鼓、な朝比奈斎(「アトラス彗星よ、8万年後にまた会いましょう」)でした。
ではまた。

<今回のメインインク>
Pent〈ペント〉ボトルインク コトバノイロ 砂の女(すなのおんな)

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この記事を書いた人

朝比奈斎
朝比奈斎
憧れの高級文具から教室に忘れ去られた名もなき消しゴムに至るまですべての文具を偏愛する者。
文字は下書き無し・肉付け塗り無しの一発書き。
文具・画材・多肉愛好家として雑貨店「SHOP511」にて多肉植物の育成販売と文具雑貨諸事の販売に携わる。好きな言葉は「玉石混淆」

Twitter:@asahinaitsuku
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