人生は何があるかわかりません。
トロッコに乗って一緒に帰れると思ったのに、
予想に反して「われはもう帰んな」と。
幕を切って落とす(歌舞伎)、どころじゃァない。
重厚な金襴刺繍の緞帳が、上からドカンと外れ落ちる衝撃。
さあ、ここから良平選手(8歳)の幼児マラソンがはじまります。
走れ、走れ、すべてをかなぐりすてて!
夕暮れのオレンジ色が夕闇にのみこまれるなか、
ひとりで帰るあの不安感。
誰もがもっているあの感覚をあらわした、
「トロッコ」by芥川龍之介
のイメージインク「コトバノイロ・トロッコ」にて
朝比奈斎(グレー猫うるちゃんを飼ってから自分の服の色もグレー系増加)が
お色見本を作ります。どうぞよしなに。
「トロッコ」は紫寄りのグレー。
加水して塗りひろげると、温かみのある色が分離します。
「コトバノイロ」シリーズのグレー系4色をガラスペンで。
用紙:SAKAEテクニカルペーパー・トモエリバーノートFP
ガラスペン:Gecko Design プルームガラスペン
「コトバノイロ」トロッコ・蜘蛛の糸・夜明け前・雪国
グレーの色幅は赤味寄り・青味寄りによって千差万別。
とても面白い色展開がたのしめるお色です。
加水の分離色によって使い方もさまざま。
使う用紙次第で色の表情が変わります。
透写紙(トレーシングペーパー)に濃い色から薄い色まで。
薄めの透写紙だとインクをぬったときに皺がよったり紙が丸まります。
あらかじめ裏面に水を塗っておくとよいです。
Gecko Designの羽根型木軸ガラスペンは握りの良さと
転がらない軸のデザインが、個人的に大好き。
使っているうちにペン先も良い具合いに摩耗して、
まろやかな接地感覚がたまりません。
用紙:ブロックロディアNo11
ガラスのペン先で紙をガリガリとひっかくのではなく、
つけたインクを紙に置いて丁寧にのばしていくイメージだと
書きやすくなります。
ふつうに書くと上段の字の線、
古典法帖の学習の一環で、籠書き(字形の輪郭を形取る)や
骨書き(運筆の学習、筆の動きを線であらわす)を参考にすると
下段の字の線、すこし盛り付けたような線になります。
籠書きのできあがりイメージにそって、
書いた字の足りない部分をあとから塗って補う方法と、
骨書きの運筆のとおりに筆記速度を変えながら
1回で書くやり方があります。
わたくしは骨書きイメージによる一発書きです。
(下段の字は肉付け塗りはしていません)
ペン先のインクを紙にすべり落とすような感覚は、
Gペンなどのつけペン類や万年筆でも同じです。そうすると、
力を込めて紙をえぐるようにガリガリと書くことはなくなります。
機会があれば、
ガラスペンの一発書きの動画などもご用意する予定です。
しばしお待ちを。
芥川は、自分のファンである力石平蔵の小説や
体験記を原案として「トロッコ」を執筆。
「百合」や「一塊の土」も力石から素材提供。
素朴な情がかよう力石の作風から、
人生全般をみおろすような冷徹な俯瞰と鋭い観察眼、
そして冴えわたった文章による芥川スタイルにうまれかわりました。
この芥川の「錬金術」は、各国寓話や西洋文学思想、哲学をも材料に、
芥川の王朝物はじめ、諸創作の土台に。
まさにすべての知識や情報を咀嚼して、自分なりの栄養に落とし込む、
「オマージュ」とも「転用」とも違う、確固たる独自性の世界観となりました。
力石原案では夕闇を走って家路にたどりついたところで終了しているのに対し、
芥川は「おとなになったその後」を加筆しています。
これが「人生は地獄以上に地獄的」という芥川の理念そのもので、
子供の頃の不安と、大人の不安の対比でもあり、
過去現在未来の一本筋というおおきな視点の加味でもあり、
世界観がぐっと深くひろがりをもちます。
子供の良平が一所懸命に走って帰る場面冒頭を「トロッコ」インクにて。
左用紙:マルマン・ヴィフアール
右用紙:山本紙業・コスモエアライト
併用インク:「彩時記」向日葵
Gペン:立川ピン製作所・日光Gペン特上品
※※※
「トロッコ」のように、グレー系のインクは
加水して塗り、乾く前にティッシュ等で吸い取ると
グレー部分がとれて、分離色のみが残ります。
「トロッコ」をうんと薄めて塗りティッシュオフしながら
花びらを1枚ずつ重ねて描きました。
一つのインクで色幅のひろがりが楽しめます。
文面は、芥川が熱読していたフィオナ・マクラウドこと
ウィリアム・シャープの作品より。
訳者の松村みね子こと片山廣子は、
既婚後の芥川の、最後の恋人でした。
(熱烈ラブレター「ふみちゃん」はどうした)
用紙:SAKAEテクニカルペーパー・イロフル
Gペン:立川ピン製作所・タチカワGペン
ペン軸:大西製作所・コルト・折り紙
併用インク:Winsor&Newton・GOLD
芥川の書簡から、諸所のことばを。
用紙:SAKAEテクニカルペーパー・イロフル
Gペン:立川ピン製作所・ニュームGペン
さきほどぬりわけた透写紙はグリーティングカードの彩りに。
落ち着いた色の「トロッコ」一番濃い色には金色がよく映えます。
ニヒルな芥川、のイメージが強いですが、
実際は人のために奔走、仕事の斡旋をたのまれて
ほうぼう探してあげたりと、面倒見のよさもありました。
地獄的な生活のなかに、単発的な人の情、ひとときのよろこびがある。
ただし、そのよろこびは希望とならず、
自身の病気や、過敏な思考によって死への吸引に抗えなくなっていきました。
よろこびとかなしみに人がちぎれていく様を
正確で慎重な言葉選びを重ねて、重ねすぎていく芥川の軌跡は、
寓話や教訓話の枠をこえて、人生の苦悩をうきぼりに、
どの時代の人間にも普遍的に命題を投げかけます。
色にいざなわれて開ける扉の向こうにひろがる、
「トロッコ」の世界。
インクの楽しみの入り口となれば幸いです。
地獄、地獄。地獄でなぜ悪い。デビュー初期のしずかな暗い曲調や、爆売れメジャー系明るい曲調でありながら闇をひそませる歌詞の星野源をヘビロテする朝比奈斎(2匹目保護猫りんちゃんも増え、まさかの多頭飼い生活スタート。服は灰色どころではない)でした。人生は何があるかわかりません。
ではまた。
<今回のメインインク>
・Pent〈ペント〉ボトルインク コトバノイロ トロッコ
朝比奈さんからのお知らせ
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朝比奈斎の玉石参房
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この記事を書いた人
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憧れの高級文具から教室に忘れ去られた名もなき消しゴムに至るまですべての文具を偏愛する者。
文字は下書き無し・肉付け塗り無しの一発書き。
文具・画材・多肉愛好家として雑貨店「SHOP511」にて多肉植物の育成販売と文具雑貨諸事の販売に携わる。好きな言葉は「玉石混淆」
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