玉石参房 第二十房「舞姫」隠す本音―こじらせエリートの抑圧と二面性
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玉石参房 第二十房「舞姫」隠す本音―こじらせエリートの抑圧と二面性

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綺羅星のなか、一等光っている。
なんざましょう、この経歴は。
5歳から学問を習得し、通常は14歳~17歳で受ける東京医学校予科に
11歳で(親が年齢詐称させて)合格、その後は軍医の出世街道を走り抜け、
医学のかたわら文学も並走、というスーパーマルチな人物。

4年間のドイツ国費留学も、良き友人・良き師に多く囲まれ、
王侯貴族のサロン出入りや美術博物館オペラ鑑賞、
センスある会話術で西洋ご婦人方との浮名もちらほら、
めっちゃ陽キャ&パリピな留学生活、
年表読むだけでもキラキラ過ぎて目がつぶれそう。

身長と発音を馬鹿にされ(たと思い込み)
自分より背の高い西洋ご婦人方から見下され(たと思い込み)
何を見ても不愉快、何を聞いてもムカつく、
毎日の天気も下宿の婆さんも最悪だ、

と、留学先英国社会での苛立ちをデビルマンの如く増幅し、
人間関係構築よりも研究、お国の為に一心不乱に打ち込んだのに、
「夏目狂セリ」と志半ばで留学打ち切り、不本意ながら研究も不十分という
孤独な陰キャN目S石氏とは雲泥の差です。涙。(伏せ字とは)

そんなキラキラ神童驀進頭脳と陽キャな留学生活をふまえてドイツ三部作のトップスタート、

「舞姫」by森鴎外

のイメージインク「コトバノイロ・舞姫」にて
朝比奈斎(アメリカ留学当初は漱石並みの陰キャ→終盤は鴎外並みのうぇーい♪
眉も描かぬすっぴん→アメコミ的がっつりメイクとハイカロリーデザートで手にした+10㎏肉脂)が
お色見本を作ります。どうぞよしなに。

いつもながら、100均画用紙に濃い目から薄目にわけて塗りました。
濃いむらさきは深く気貴く。
分離色にはごく淡い明るいブルーがうっすら、
加水するほどやわらかな淡いピンクに。
とおいおそらの、もやのよう。うっとり。


「舞姫」のラブロマンス、どうでしょう?
是か、否か。
高校教科書採択多い作品なので、
もれなくわたくしも教科書で初読。

「…古文漢文は捨てるにしても現代文でなんとか点を稼ぐか…」
という目論見はずれて
「今回の試験範囲、実質ぜんぶ古典じゃん!(自主規制単語‼)」
という恨み節はいまだ鮮やかに蘇ります。不死鳥の如く。

しかも太田豊太郎、うちのクラス(女生徒48名)では
カンダタや下人をぶっちぎりで抜いて不人気第一位でしたよ。

個人的に苦手な、漢文・項羽と劉邦他多数登場人物、古文・源氏物語多数登場人物、
現代文・ゲス豊太郎の舞姫といつも怒っている評論家・外山滋比古という
トリプルコンボな試験範囲は、大人になった今でも夢でうなされます。

エリスとのロマンス部分が、

ふと出会った美少女(顔とにかく顔!)の冒頭救済、
マイフェアレディ的な「おっちゃんがいろいろ教えたる」中盤、
清純そうでも媚態もあって萌え表現(←読んでげんなり)
プラトニックだったけど抗えませんでした(てへぺろ)的展開の速さ、
出世街道再燃で、別れ話切り出せずうじうじ&病気でぶっ倒れている間に諸事バレる、
相澤いい奴なんだけどあのタイミングでバラすなよな(怒)

って。
…感受性豊かな高校生には酷な男性像ではなかろうか。
さて感受性どころか恥の概念も薄まってきた薄汚れた大人として
「舞姫」再読しましてよ。

ああ、日本語、うつくしいです。
ですが、豊太郎の愛情表現が希薄なところが、個人的にどうしても違和感。
ほんとにエリス好きなん?ちゃうやろ。
と。

今回の再読で熱量高い文章を抜き出してみます。


用紙:Pent桜ism(グラフィーロ)
Gペン:立川ピン製作所
ペン軸:Pent コルト・しだれ桜


ドイツ3部作のうち「舞姫」につづく「文づかい」「うたかたの記」連想で、
うたかた(泡沫)の柄として桜ピンクの上に、
舞姫インクで泡インクをのせました。

泡インクは、インクと洗剤を1:1で混ぜ、ストローで泡を作ったもの。
好みの泡の大きさにすることがなかなか難しいですが、
偶然出来上がる泡の様子は、浮かんでは消える悩み事の表現として。

「弱い心」は鴎外のミスリード、
こう表現することで読者の矛先をそらすことができるのです。
俯瞰できているよアピール。
なかなか手練れの言い回しです。

熱量高いのはむしろ「されど嫉むは」なのです。
「嫉むなんて愚かだよね、自分が弱いからさ、叱咤精進、わかってるんだけど…」
というのは表向き。

いや、めっちゃ嫉んでますよ、この人。
そして愛情には超ドライ。
だってその「弱い心」を、大切であろう人のためや
自分のために直そうとしないから。

そして結局、長いものに巻かれていく。
行間に埋もれている友人相澤と自分との格差に準ずる、
「憐れまれている」ことへの微妙な感情。

作者鴎外の経歴では、自身が優秀であらん事を譲らず、
時と場合によっては、敵対する邪魔な相手をつぶしていく。
嫉妬によって。

留学中に母国卑下と受け取りいきなり激昂したエピソードや
留学仲間の北里柴三郎への匿名書簡の嫌がらせ、
軍部内での派閥暗躍その他などなど、

キラキラ人生の裏の、鴎外のダークっぷり史実は、
下手な映画観るより面白いです。

お家再興のための過剰なまでの母からの教育と
前妻後妻&妾にいたるまで用意する周到っぷりは、まさに過干渉毒親。
諸作品における「母親像」また「女性像」には、実母峰子の影響が多大です。
鴎外ってば、子供らしい遊び時間も、至極全うに迎えるはずの思春期も
通過昇華できていないんじゃないかしらん。

エリスの表現でも、熱量高い部分を。


用紙:SAKAEテクニカルペーパー・イロフル
併用インク:コトバノイロ「金閣寺」
Gペン:立川ピン製作所
ペン軸:Pent コルト・折り紙


ロシア出張先に毎日重い内容のすがる手紙送ったかと思うと、
やっと久々に家路についた豊太郎に「みてみて!」と満面の笑顔で
生まれてくる赤ちゃんとの幸せ生活アピール。

よもあだし名をば、なのらせたまはじ。
「…まさかと思うけど、別れちゃうなんて、無いよね?(笑顔)…ね?(真顔)」と
逃がさぬぞよロックオンと結婚圧の締め上げ&外堀をコンクリで埋める感が、
豊太郎へのどぎついボディブロー。
安珍追いかける清姫みたい。怖!

悩む豊太郎に共感する明治人多かったようですが。
それも森鴎外の想定内。
鴎外は留学帰国後、書いた舞姫を実母峰子はじめ兄弟家族の前で
弟 に 朗 読 さ せ ま す。


…朗読?!(二度見)
なんのために?

保身のために。

まず、小説にうつつをぬかして!と母様は怒られるでしょう、大学時代の前例もあるし。
世に出たらスキャンダル的に売れるでしょうが、
「これは森家のことでは?」といらぬ憶測が出るでしょう。
実際、エリスのモデルのようなそうでないようなドイツ人女性が
追いかけて日本に来ましたね、
(1か月にわたる大問題でしたね、
弟も義弟も僕のかわりに追い返してくれてありがとうね)、
いやあ、じつは太田豊太郎のモデルは僕ではなくて、
留学仲間の竹島務のことなんですよ、実は僕ぁ相澤役の立場でしてね、
気の毒な竹島をずいぶん支えましたよ、ええ、
だってほら、そもそも罷免されてないですし笑
ちゃんとこれから出世街道に励みますよ、お家の為お国の為ですから。
西洋女との浮名? 独身時代の若気の至りぢゃァありませんか、
本気で結婚しようなんて思っちゃァいませんよ、はっはっは!!
とにかくこれは、フ ィ ク シ ョ ン です。

以上は朝比奈斎のアテレコでお送りいたしました。

でも本音は、最初に好きになった女性と過ごしたかったよね。
なにものにもしばられない、はじめてのほんとうのじぶんの感情だから。
でも実母が用意した良家出身の前妻後妻&妾に関しては、
ほんとうに従順に実母のいうことに従います。

婚家からその強引さに嫌われていても結婚を強行する実母に対し、
当の本人、鴎外は自分のことなのに興味なさげ。
(でも顔はめっちゃいい嫁、と友人に書簡おくっています豊太郎気質)

前妻との間の長男、後妻との間の3人の子供達それぞれの名前は
西洋人にも通じるように名付けていたことから、
「浮名流した西洋人女性の名前から採っているのでは?」という考察もあって、
これは後妻の立場も当時はさらにつらかろう。
(後妻・志げも素っ頓狂なネグレクト親なので老婆心も余計なお世話)

日本までおいかけてきたドイツ人女性エリーゼの写真を、
晩年臨終前に、娘茉莉(だか杏奴だったか)に焼いて捨てさせた鴎外。
…ずっと持っていたんだね。涙。

舞姫本編より、鴎外の経歴のほうが、実がこもっていて力強いです。
事実は小説より奇なり。
実母峰子にはエリーゼへの本当の想いを小説内で勘付かれてはならない。
愛情表現はわざとあっさりさせて、
諦めた弱い心、としてミスリードせねばならない。

どうせ自分以外はみな、「愚か」なのだから。(【小倉左遷時代手記より】

なにもかも自分の意のままに進まぬなら、いっそ見かけは傀儡でもよい、
自分の心は、だれにも渡さぬ。

というひた隠しに隠した鴎外の本音と諦観は、
前述のとおり、その後の人生の折にふれて、
ゆがんだ感情としてまったくの他人に対して
間歇泉のようにいきなりドバーッと闇がやってきます。

歪みエリート、森林太郎。
実母にたいして毒蝮三太夫のように「BBA、元気か」とでも言えたなら
すこしは心のどこかがほぐれたのでしょうか。

綺麗な紫色の舞姫インク、
樹脂ねんどに練りこんで、火をつかわない封蝋を作りました。
だって9月になっても酷暑なんですもの!


濃いも薄いも、舞姫、えぇむらさきですねえ。

樹脂ねんどに練りこむ画材は、
通常、アクリル絵の具や不透明水彩絵の具、油絵の具です。
ほんとうは万年筆インクは不向き。
だって水、ですから。ねんどがべたべたモロモロします。

でもそこは今回、アレをナニしてダンケシェーン(byいだてん田畑政治)、
試行錯誤の途中ですから、次回また詳細をお伝え予定です。
結論:万年筆インクでも樹脂ねんどはイケる!

シーリングスタンプはペンハウス様にも素敵なお品のお取り扱いがありますので、
是非ご覧ください。
小さなお子様&ペットのために火を使うのは不安な方、
しまい込んだ夏服を慌てて引っ張り出し滝汗をかいている、
わたくしのような方にいかがでしょうか。

冒頭、豊太郎の心情を記したグラフィーロの桜ism、
くすみ色に変化する秋紫陽花、
紙風船のようなつぼみが愛らしい桔梗、
こっくりした秋色のチョコレートコスモス、
魅惑の曼殊沙華を
コトバノイロ金閣寺と併用しながらちょい足ししました。
(コスモス茶色は、舞姫+金閣寺+緑系インクの混色です)


鴎外「舞姫」発表時の1890年、
漱石は帝国大学に入学、正岡子規などの親友に出会っていきます。

漱石意気揚々のイギリス留学時1900年、
鴎外は北九州小倉に左遷時代。
家族からは「角が取れて丸くなった」といわれますが
「俺以外みんな馬鹿。だからわざと慇懃にするのだ。」と
黒い処世術と感情を吐露していました。

実母の用意した18歳下の後妻・志げと1902年再婚します。
折しも1902年、留学生活に傷つき失敗した漱石が帰国した年でした。
負けたようで実は勝ち組の「舞姫」太田豊太郎。
勝ったようで実は負け組の「坊っちゃん」。(赤シャツは世間的に懲罰無し)

晩年の幸田露伴は鴎外のことをこう語りました。
「森という男は恐ろしく出世したい根性の人」
「蓄財の好きなやつ。心は冷たい男だ。
何もかも承知していて表に出さぬ」

実子たちのそれぞれの手記にも
鴎外の得体の知れなさ、情に関しての違和感がみられます。
鴎外自身は、子供たちを可愛がっていたつもりなのですが…。
親の心子知らずか、親知らず子知らず(荒磯の岩陰に)か。

交友関係あまたに広く、軍医として諸研究も功績もおさめ、
(人を蹴落とす暗躍や、陸軍での脚気対策大失敗はあるにせよ)
人が望むものを悉く手に入れた稀代の秀才、森鴎外。
自分がほんとうにほしかったものは手にはいったのでしょうか。

ドイツ留学の一時のものではありながら、
なにものにもしばられない、開放的な自分の本音。

その後の立身出世において、時代の最先端で活躍しながらも
自由精神という近代人の当然の権利は、
家の存続のために旧態依然的に隠さねばならなかった。

鴎外の経歴をかさねて再読すると、
豊太郎やエリス、相澤、その他人物たちの心情表現に
隠された本音が見えてきます。
光強いほど影濃し。

色にいざなわれて開ける扉の向こうにひろがる、
「舞姫」の世界。
インクの楽しみの入り口となれば幸いです。

このインクと出会っていなければ、
わたくしにとって「舞姫」は、高校時代の印象のままでした。
「秘書官・相澤謙佶―友人はその時見ていた!―」
というスピンオフがあったら読みたいなあ、と思った2023年の朝比奈斎(「舞姫」郷ひろみ映画版も大昔観たけど、アニメ版あるじゃん、豊太郎役=池田秀一(シャア・アズナブル)、エリス役=山本百合子(ハロー!サンディベル)えええ!?!このインクと出会っていn以下略)でした。
ではまた。

<今回のメインインク>
Pent〈ペント〉ボトルインク コトバノイロ 舞姫

朝比奈さんからのお知らせ

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◆新たに開設しました!Instagram
@asahinaitsuku

◆2023年目下準備中!
朝比奈斎の玉石参房
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この記事を書いた人

朝比奈斎
朝比奈斎
憧れの高級文具から教室に忘れ去られた名もなき消しゴムに至るまですべての文具を偏愛する者。
文字は下書き無し・肉付け塗り無しの一発書き。
文具・画材・多肉愛好家として雑貨店「SHOP511」にて多肉植物の育成販売と文具雑貨諸事の販売に携わる。好きな言葉は「玉石混淆」

Twitter:@asahinaitsuku
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