玉石参房 第十九房「蜘蛛の糸」チャンスは突然やってくる。君たちはどう動くか。
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玉石参房 第十九房「蜘蛛の糸」チャンスは突然やってくる。君たちはどう動くか。

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……虫を、ころさないようにしよう。
それから、下からのぼってくる人たちがいたら、
いっしょにはげましあって、のぼることにしよう……

と幼心にビビりまくった初回読後感想でございます。
あらやだ、地獄に落ちる前提じゃないですか。

極楽でお釈迦様や天部の皆さまとご一緒に
のんびり蓮の実を食べる、
という聖おにいさん的な想像が微塵もない、
地獄ツアーのチケット購入済み8歳のわたくし。

そんな当時の純真さ(?)もどこへやら、

いまでは直行上等なジェットコースター的勢いの朝比奈斎(薄汚れた大人として立派に成長、害とみなす虫は悉滅す。地獄でなぜ悪い。)が

「蜘蛛の糸」by芥川龍之介

のイメージインク「コトバノイロ・蜘蛛の糸」にて
お色見本を作ります。どうぞよしなに。


グレーのインクは色分離しやすいものと、しにくいものに分かれます。
コトバノイロ「蜘蛛の糸」は分離しにくいタイプの落ち着いたグレー。
濃いめでも薄めても、しっかり存在感のある良いお色。

吸水の良い柔らかな紙では、あまり分離しませんが
コート紙やユポ紙に落として日が経つと
淡いピンク色とグレーが分離して、
聖バルトロメウス大聖堂装飾のようなネオ・ゴシック感。

上質紙や微塗工紙には淡いグレー発色、
つるっとした紙類にはほんのりピンク内包の発色に。


まずは個人的に好きな微塗工紙に、小説冒頭を。


用紙:山本紙業・COSMONOTE
Gペン:立川ピン製作所・タチカワプレミアムセット


日本の学校教育において必ず目にするこの作品。
発表以降、長年こんなに教科書採択されているのに、
論文考察では賛否両論で、アツイ戦いがくりひろげられております。

「極楽におわしますのは、お釈迦様じゃなくて阿弥陀如来だろ!
それに地獄は下界概念じゃないし!」
という仏教観点でのもろもろの矛盾指摘や
元ネタ各国の伝承・キリスト教義的概念、文法上の間違い表記指摘など、

さまざまな視点からの「おとなの丁々発止」は
読むとなかなか面白いのですが、それはそれとして、

【この物語は、フ ィ ク シ ョ ン です】
を念頭に、(薄汚れた大人の)わたくしの思うところなどを。

カンダタを助けてあげたくなったお釈迦様、
もうちょっと太いロープでもなく、紐でもなく。
蜘蛛の糸は科学的にも強度あり&寓話フィクションなれど

「絶対切れるだろ」という材料では
「切れることもオイシイ想定内」のような
ダチョウ倶楽部的な無慈悲さを感じてしまい。

そして行き当たりばったりなお釈迦様の気まぐれ救済。
ぶらぶら散歩→糸垂らし観察→
落ちるカンダタに「……」な感想の面持ち→ぶら散歩再開。

リアクションの薄さに近寄りがたさが…。

蓮の香り、本来なら微量芳香のはずが、
「あたり一面好い匂い」という逆説的、無機質な清浄空間は、
他の生き物の気配が一切なくて、むしろ静寂すぎる怖さ。

そう、極楽の描写、静かすぎて怖い。
蓮から生まれ直すという人間、
では蓮は人間濾過の通過点概念として、人間を「種子」として内包しているのかね?

意思を持たず、ゆらゆら揺れる静かな花。
あるがままに。泥のなかに。
一切は、無。存在しようがしまいが、すべては無。

……怖っ!!
地獄のせめぎは苦痛であろうとも、自業自得の納得できる頭がある。
もがく苦しみこそ我、である。

なにもない空間で、なにも感じない解脱で、
それは心の平安であるにしても。
Dona nobis pacem.(我等に平和を与え給え)


用紙:ブングボックス・ヌルリフィル・チューリップノワール
つけペン:プラチナ万年筆・センチュリー・シャルトルブルーBB(極太字)


グレーのインクのわずかな色分離がたのしいユポ類に、
極太字の万年筆にて、追いインクたっぷり、ぬらぬらと。
独特な接地感覚がたまらない瞬間。

蓮の花は、インクの自然乾燥による色のゆらぎです。
意図せぬ芸術。VIVA LA VIDA!!!

物語後半、阿鼻叫喚な墜落後のしずかな場面。
落ちるカンダタの視点から、
極楽の蓮池をとおしてみている、お釈迦様の目への転換部です。

突然の好機を自分のエゴで失ったカンダタ。
誰しも抱えるエゴの具現化と、せっかくのチャンスを取り逃がす悲哀。

「いくら自業自得とはいえ、
ほんとうに、救ってあげるおつもりだったのか?」
とモヤモヤします。

イエス・キリストが喉が渇いたときに、
季節外れで実りがなかったイチジクを
呪って枯らした聖書のお話。(マタイ21:19-27他)

「なんでそんな理不尽な?」

同じく聖書内、イエスの例え話で
主人から預かったタラント(お金)をただ土に埋めていた事で
「怠惰な使用人」と激怒りされた使用人の話。(マタイ25:14-29他)

「なんで?損してないのに?」

子供時代、モヤモヤしていた教訓話。
いまならわかるぞ。大人だもの。

そう、「チャンスは突然やってくる」。

だから身を正して、その時に備えて、
やれることを全力で取り組まねばなるまい。
それが、生きるということだ。
生まれた奇跡をチャンスとして、最高に楽しめ!

大人になったら、あとで答え合わせがわかるんです。
こどものときは、はてなだらけ。やっと理解するころには、
エゴによってとりこぼしたチャンスの、なんと多いことか。


前号にて、各種用紙と白抜きについて少々ご紹介しました。
夏の自由研究いまだ0状態という、最後の肝試しな親子のみなさま、
家じゅうの紙・用紙をチラシの裏・カレンダーの裏・オーブン用紙、

なんでも集めまくって、
えのぐや万年筆インク、水彩ペン・油彩ペン・ボールペン、
いろいろな画材を水でうすめて垂らしましょう。

滲み広がるもの、色残りするもの、
分離するもの、しないもの、を記録して法則性をみつければ、
自由研究は一丁あがりです。
みつからなくても、既成事実、一覧表をとにかく作るのだ!

さまざまな用紙にマスキング(白抜き)をためした比較も良いでしょう。
そして色をのせた各用紙を画像で保存したら、

現物は手ごろな大きさにちぎり、虹などの形にして画用紙にはりつけて
研究レポートの表紙にするのです。

紙はすぐ乾くので、夏休みラスト1日でも間に合います。しらんけど。
御武運を!


※下地に黄色をぬってマスキング液のスタンプ、そのうえで青インクをたらしこみ。
(まざる部分は緑色に)

ラメなしのインクで、紙の相性によってはにじむ場合、
粘度を高めたいとき、パール入りの増粘剤を少しくわえると、
滲み防止とラメ効果で一石二鳥!


用紙:SAKAEテクニカルペーパー・トモエリバーノートFP
Gペン:ZEBRA・チタンGペンPRO
ペン軸:大西製作所・コルト・折り紙


画像では少々わかりにくいですが、旧Twitter(現X)の当方アカウントにて
おなじ画像の光反射を掲載中。

グレーインクの濃淡のやさしさは、乾いたあともグッとくる色合いです。
目にもやさしく、落ち着いた気分をいざないます。


「蜘蛛の糸」インクは何度も濃く塗り重ねると、
晩夏の夜のような深い色合いの表現に。

白抜きとしてのマスキングインクは、
あえてその地色を活かして、今回はそのまま残しました。

萩と薄と月の取り合わせは、
この時期の和装意匠として個人的に大好きです。

ほんのすこし季節を先取りする楽しみ方は、
先人からの文化のバトンリレー。
小さきひとたちにも、つたえていきたいですね。大人の義務。

夏の名残ある湿気含む闇の重さと
早生の薄や萩、そして月の白さ、季節をしらせる虫の声ともよく合います。


用紙:マルマン・ヴィフアール
ホルベイン・マスキングインク


ディストピアでは人々は奪い合う狂態が必至、のイメージですが
実際の苦境ではむしろ人は助け合うと、脳科学の研究から新説が。

苦しいときほど互いに助け合うやさしい心が
既にプログラミングされているらしい。
だから人類は生き残ることができたと。

ピンチは、チャンス。
好機を生かす事こそ生存戦略なのでしょう。

色にいざなわれて開ける扉の向こうにひろがる、
「蜘蛛の糸」の世界。
インクの楽しみの入り口となれば幸いです。

激務のお盆期間をのりきった朝比奈斎(「ふみちゃん」連呼のラブラブ手紙をしたためても結局浮気三昧の芥川こそ地獄特急グリーン車切符。藤村・太宰や啄木・中也・賢治その他諸々と共に)でした。

「汝らの中、罪なき者、まず石をなげうて」(ヨハネ8:1-11)
ではまた。

<今回のメインインク>
Pent〈ペント〉ボトルインク コトバノイロ 蜘蛛の糸

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この記事を書いた人

朝比奈斎
朝比奈斎
憧れの高級文具から教室に忘れ去られた名もなき消しゴムに至るまですべての文具を偏愛する者。
文字は下書き無し・肉付け塗り無しの一発書き。
文具・画材・多肉愛好家として雑貨店「SHOP511」にて多肉植物の育成販売と文具雑貨諸事の販売に携わる。好きな言葉は「玉石混淆」

Twitter:@asahinaitsuku
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