玉石参房 第十四房「嵐が丘」アナタハナゼ復讐ヲスルノデスカ?怒れ。怒れ!自分の為に!―破壊と再生― 
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玉石参房 第十四房「嵐が丘」アナタハナゼ復讐ヲスルノデスカ?怒れ。怒れ!自分の為に!―破壊と再生― 

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(対象小説のネタバレが含まれます。未読の方はご留意ください)

みんな大好き『嵐が丘』。
片桐はいりの野外演劇(2022年)も記憶に新しい。
1847年(漱石生まれる20年前)に刊行されて以来、
世界中で熱く読み継がれている問題作、咳、…め、名作です。

それにしても、邦題、すごくいい…うっとり。
よくぞ!と膝を打ち過ぎて膝蓋腱反射しつがいけんはんしゃ

ああ…翻訳の極み。素敵。
この題だけで、
とてつもなく大きな物語が起こりそうな名作の予感(←危険)

今日にいたるまで様々な翻訳があり、
論文考察もびっくりするくらい盛りだくさん!

「で、この小説の主題なに?」となると
「これだよ!」と明確に出せない、
とらえどころのない、謎多き作品…???

…否!
モチーフめちゃくちゃ盛り過ぎの、
反骨精神ドバドバの、
読む疲労感半端なし。
悪趣味なパフェ(褒め言葉)的小説です。

読 み ご た え があります。 
ほんとです。(「吾輩は主婦である」…宮藤官九郎的文法)

キャサリンとヒースクリフの激情恋愛?
ヒースクリフの残虐な復讐物語?
実は荒野など自然の描写は少ない?

…否―――――っ!!

と二世野村萬斎のごとく絶叫。(@どうする家康)

読みにくい、と言われ続けながら176年間、
何度も何度もメディア化もされ、
『赤毛のアン』作者L・M・モンゴメリもめっちゃ沼ってた唯一無二の小説、
「嵐が丘byエミリー・ブロンテ」

のイメージインク「コトバノイロ・嵐が丘」にて
朝比奈斎(洗礼『嵐が丘』は北島マヤと真島良!そのイメージで本家小説トライするも1回派手に挫折した高校時代)が
お色見本を作ります。どうぞよしなに。

今回のインクも、カッコいいんですよ。ニヤニヤ。(←危険)

乾く前はHGUC旧ザク(MS-05B)みたいな色から、
乾燥後はザクⅡ(MS-06F)、ときにザク・マインレイヤー的な色や
アッガイもしくはゴッグのような渋い色味に変化します。
加水すると驚くことにグフ・イグナイテッドのような2色までほのかに分離します。吃驚!

訳:乾く前は明るいイエローグリーンもしくは若草色、
乾燥後はくすみ緑系の柳色+萌黄色+松葉色、
ときに白茶色のようなベージュや、オールドローズと丁子色(シナモン)の赤茶系
もしくは渋めの煤竹色に変化します。
加水すると驚くことに黄色やオレンジの2色までほのかに分離します。吃驚!

明るい緑系から渋く変わる色のうつろいを
是非リアルタイムでお楽しみいただきたいインクです。


※100均画用紙
上に置いたグリーンカルサイトが同化するほどの素敵な色。

エミリー・ブロンテが生きたのは産業革命真っ只中のヴィクトリア朝。
富は文化をはぐくみ、芸術が盛んな時代。

次第に小説のレベルも上がり、小説も新しき芸術の一環として
民衆はこぞって新しい文化・新しい時代を謳歌しました。

しかし一方で貧富の格差もひろがり、
労働問題を主題とする小説もうまれる風潮に。

エミリーの住む地域や学校は衛生的に不安定で、
肺結核の蔓延による死の恐怖が身近。
エミリーの父以外は病で家族全員早世。

人付き合いが苦手なエミリーは、内向的で頑固な性格もあいまって
自宅にこもり、創作の世界で羽を自由にひろげていきます。

もともと詩が好きで、古典の教養もあり、荒涼とした自然も愛で、
牧師の娘として宗教観も(独特ではあるが)深く、全員分の家事もきちんと。
同じ牧師の娘でも、
暇さえあれば漫画読んで描いてガンプラこねくりまわしてるわたくしとは、
雲泥の差ですいね!(山口弁)

エミリー、楚々。
楚々でしょ、この生い立ち。
作風もそんなかんじ?
『嵐が丘』、すてきなおはなし、はじまるのね、うふふ。

どころが!
笑!
あ、いかん、笑ってしまった、っていうくらい、すさまじき作風。

冒頭、
陰気イケメンのヒースクリフに酷い扱いをうけた初対面のロックウッド氏、
宗教がらみのへんてこな悪夢にうなされる、
からの!
キャサリンの亡霊登場シーン。
ギャー!(楳図かずお的であれかし)

…。

これ、当時は宗教的にマズくてですね。

死んだらみんな神様のもとへ。めでたし。
だから天国行かずにうろついてる霊、自殺などもってのほか!
規律!規律!聖書!御言葉!敬虔!清貧!平和!平和!

女はこうあるべき!
家庭はこうあるべき!
Dona nobis pacem!!
我らに平和をお与えください!!!

小説は、なにか教えを得るもの、カタルシスを得るもの、
教義的な生きざま、ああすてき、
なろうなろう明日こそはなろう、
今日やることを明日やろうは馬鹿野郎。

というそんなご時世で、

Act1
悪天候、いきなり不機嫌で不親切な人々、
なんだか普通ではない、異様な感じ、
あ、これ、ヤバい村とかに入る典型的冒頭と同じだぁよ、
ホラー全般の冒頭の雰囲気だぁよ、陰惨な空気感だぁよ…
はい、出たー!おばけおばけ!

…わたくしの説明だとコントみたいですが、
『嵐が丘』は、たいへん大真面目な作品です。
大真面目に、
粗野。
みんな粗野。そして嘲りの応酬、
どつき漫才か、というほどに。

むしろ「…ギャグですよね?」と思わないといけないほど
嘲り、罵り、暴力&暴力、無教養による粗野、
マウント取り合い、児童虐待、執拗な復讐、
人への嫌がらせが延々と。延々と。
つらくなるほど不愉快な描写満載の。

エミリー、楚々でしょ。

否――――――っ!!
歪みの強いギタリングさながらのパンク・ロック精神です。
反体制主義!

どこがって?

冒頭のロックウッドの宗教的悪夢は、
日常の教会教義への辛辣な嫌味。
教義を教えてる人間も信じてる人間も糞。
だって、人間だもの。

そして物語最終の、教会のようすは――――
荒廃してほぼ廃墟。

ぎゃー!怖!
「無意味」の恐怖。

だれよりもキリスト教的でありながら、
冒頭と最終部の表現も、
物語に揺蕩う「神をも汚す行為のもろもろ(死体掘り返す等)」も、

いやあ、
あの時代によく書いたなあ。
そりゃあ、
当時の人々、絶句したでしょうね。
かなりエキセントリックすぎるのです。
(欧米のホラー小説が1700年代から出始めた背景はあるにせよ)

しかも、構成がとても複雑な面白さ。
作中時間と進行が「入れ子状態ストーリーテリング」、のうえに、
登場人物がレイヤー的(階層的)に分離していて、

みんな粗野。
自分のことしか考えない。
真心のことば、すら真偽不明。
頑固で乱暴者ばかり。だって、人間だもの。by相田みつを

超個人主義な美人、わがままキャサリンの有名なセリフを
3種類のつけペンで。
(※鴻巣友季子・訳)


用紙:吉川紙商事株式会社・ノイエグレー プレゼンテーションペーパーA5
つけペン3種:ZEBRA・Gペン
立川ピン製作所・鉄道ペン(廃番品)
SpeedBall・C-3
軸:くらふと鈴来
併用インク:彩時記「桜」

このセリフの直前で、ヒースクリフと結婚なんかできるわけない!と
ひどい嘲笑暴言があるわけで
(立ち聞きしていたヒースクリフの復讐心の地雷に)

真心こめた一心同体の告白(しかもここはヒースクリフが聞いていない)、
お、キャサリン、結構いいこと言うじゃん、
ヒースクリフもう少し聞いておけばよかったのに…という気持ちも束の間、

このあとも
「(隣家の)エドガーと結婚し リントン家の奥様として地位が守れるなら
ヒースクリフの事だって守ってあげられる」と

超自己中心的な執着、乱高下する感情に、
家政婦ネリーでなくても、読者も頭痛くなる場面。

悪魔悪魔と連呼されるヒースクリフは、
小さい頃から存在そのものを否定され
嘲られて自尊心を砕かされようとされることに
つよい怒りをおぼえ、それをエネルギーに変え、復讐の鬼へ。
「かなしみを怒りにかえて、立てよ、国民!」(ギレン・ザビ)的に。

キャサリンの暴言がトリガーだとしても、
それは当時の風潮では至極全うな内容。
(キャサリンの言い方が悪いけれども)

では、ヒースクリフの自尊心は砕けて絶望したか?

否。
自尊心を持ち続けたからこそ、
誰にも馬鹿にされない立場を目指し、
奪われたものは奪い返していく持論で
教養と品格を身に付け紳士になって戻ってきて…

って。ちょっと待って。
「品格」は、この物語では
人に備わっている良きもの、ではなく、

持たないからこそ、訓練して身に付けるもの。
そして身に付けたとしても、
立場はある日、急に転覆することもある。

喰わねばならん時に剥がれ落ちる、付け焼刃の品性・品格の脆さ、うわべの虚偽!

押しつけの躾の無意味さ。教育の無意味さの曲解は
人間の獣的生活への奈落。

産業の発展、教育の推奨、大英帝国ぶっちぎり世界1位!
の浮かれ風潮のなかでの、先を見据えた反骨精神。

近代化がすすむ日本で何もかも浮足立つなかで「滅びるね」といった
『三四郎』の広田先生とおなじ。

ヒースクリフの恨みとはなにか。

身分出自によって、他人から諦めることを強いられた、
自分への否定に対する徹底的な反発だ。
そんなヒースクリフが唯一、くるしい心情を吐露した場面を。
(※小野寺健・訳 いちばん荒々しいヒースクリフ訳)


用紙:山本紙業・ノートパッドA5 バンクペーパー高砂プレミアム
万年筆:PILOT・CUSTOM HERITAGE912 FA
Gペン:立川ピン製作所・タチカワプレミアムセット
併用インク:彩時記「青緑」

「玉石参房・彩時記編」にてGペン的な筆記可能の万年筆を紹介しました。
今回はGペンとの比較として。青緑の色は万年筆。

身分と出自への嘲り、否定によるヒースクリフの憎悪、
唯一、そばにいたキャサリンによる仕打ちへの吐露。

考えながら、「嵐が丘」色をユポ紙にひろげてみました。


用紙:BUNGUBOX・オリジナルヌルリフィル チューリップノワールA5

ユポ紙にアルコールと加水で。偶然の産物。
ヒースクリフの渦巻く憎悪、内面を彷彿。
思った以上に、「ぎゃ。」

「玉石参房・彩時記編・松風」でも
同じモスグリーン系インクとしてユポ紙表現をしています。
「嵐が丘」の色と比較すると
今回はより黄味を感じられ、乾燥前は彩度が高いです。

ユポ紙に垂らして分離を楽しむアルコールインクアートは
ふつうは油性インクにアルコールがベスト、

今回のように水性インクにアルコールを使うと、
中央部の泡のような表現に。
加水すると、瑪瑙(めのう)的なマーブリングが発現します。

一方、画用紙など紙に色を落とすと、
冒頭紹介画像のように、紙の吸水や加水、
筆の運びによって色の分離が多岐にわたります。
(ユポ紙は特殊樹脂シートなので、あまり吸水せず
面上に色がいつまでも残って水分のみ蒸発している感じ)

ヒースクリフの原型は、
すでにエミリー・ブロンテの初期の詩にあらわれています。


用紙:SAKAEテクニカルペーパー・イロフル
併用剤:リキテックス・モデリングペースト
    リキテックス・ジェルメディウム

立体的表現や色の定着剤として、マットなモデリングペーストと
艶感のあるジェルメディウムを混ぜて、「嵐が丘」色を落とすと…
美味しそうな抹茶色や、淡いブルーグリーンなど、
いろいろな色表現が広がります。

生きる尊厳を他人に踏みにじられる筋合いはない。
臆病ではない不屈の精神こそ、生きる原動力に。
破壊をめざすヒースクリフには、
つねにキャサリンの亡霊がつきまとい、
しかし、

永遠に続くと思っていたキャサリンとの楽しい明るい、
人としてほっとするような憩いが
一旦、死によって奪われたようにみえても、

その子供たちによって、
同じような憩いと愛情にみちた明るさの兆し、
人として本来受けるべき生の愉しみが、
再現・再生されます。

ヒースクリフが奸智を尽くして奪ったものは、
もとの当主たちの末裔に戻っていく。
「神の手によって」あるべきところに采配される。

それによってヒースクリフはやっと精神の解放を得ます。
拒食というゆるやかな自殺選択も、
エミリー・ブロンテが死の間際まで
診療を頑として拒否していたことと共通点もあり、

「ヒースクリフは、あたしなのよ!」

実はエミリーの渾身の言葉そのもの。

粗野な言葉の根底には、どれも生きる力強さにみなぎり、
何人にもおかされてはならない精神の貴さがありました。

キャサリンとヒースクリフが共に楽しんだハワースの荒れ地。
夏に咲き乱れるヒース(エリカ属)の丘のイメージを。


用紙:山本紙業・コスモエアライト
併用インク:コトバノイロ・舞姫春琴抄
      彩時記・藤富咲葡萄夏天
画材:ターナー・アクリルガッシュ白

冒頭の一面塗り画用紙は、手作りの紙細工に。
展開図に切り分けて、模様はダイカット(型抜き)で。

「神様からのおくりもの、ギフト」として
ヒースクリフは登場したにもかかわらず、
ひどい仕打ちの連続、いわれなき罵り、嘲笑を受け続ける物語は、

キリストのゴルゴタの丘に向かう場面を、個人的に連想します。
聖人か悪魔か、
ギフト、もしくはパンドラの箱のごとくあれかし。

色にいざなわれて開ける扉の向こうにひろがる、
「嵐が丘」の世界。
インクの楽しみの入り口となれば幸いです。

陰惨な天候、人物の描写のなかで、
時折混じる爽やかな気候や自然の美しさの描写が
明るい兆しの点を投じ、

物語終盤には、まるで暗く重い霧がはれていくような、
影が暗いほど、光のありがたみが実感できるような
一種の安堵感、大団円のなか、

…家政婦ネリーこそラスボスなのでは?
自分の都合の良いように操作しているのは、彼女なのでは…?
と、
再度読みたくなる不思議な魅力の小説『嵐が丘』。

ヒースクリフ&キャサリンの訳も
「僕・君」から「おれ・おまえ」にいたるまで
彩ゆたかな訳者たちの読み比べも楽しそうです。
今は、やらないけど。

エネルギー吸い取られるような、力強さがあるんだもの。
一度挫折しても食わず嫌いは、なおるものですね。
人間だもの。

読後の心地よい(?)疲労と、
「これがたまらんのじゃー!!」と高揚の雄叫びをあげながらブロンテ姉妹の推し活に励んだであろうM.L.モンゴメリの様子を妄想する、朝比奈斎でした。
創作活動、万歳。
ではまた。

<今回のメインインク>
Pent〈ペント〉 ボトルインク コトバノイロ 嵐が丘(あらしがおか)

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◆2023年春始動!
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この記事を書いた人

朝比奈斎
朝比奈斎
憧れの高級文具から教室に忘れ去られた名もなき消しゴムに至るまですべての文具を偏愛する者。
文字は下書き無し・肉付け塗り無しの一発書き。
文具・画材・多肉愛好家として雑貨店「SHOP511」にて多肉植物の育成販売と文具雑貨諸事の販売に携わる。好きな言葉は「玉石混淆」

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